第7話
舞踏会の三日後。
私は王宮の最上階、星見の塔にいた。
夜空に浮かぶ月が、氷のように白く輝いている。
足元には、私の魔力が作り出した小さな氷の花が、無数に咲き乱れていた。
「……やっぱり、ここにいた」
背後から、セイルの声。
振り返ると、彼はいつもの黒マントではなく、銀の正装姿だった。
でも、表情はどこか暗い。
「どうしたの?」
私は駆け寄った。
彼は私の腰を抱き、額を私の肩に押し当てた。
「……明日、貴族会議が開かれる」
低い、苦しそうな声。
「僕と君の婚約を、正式に認めないって決めたらしい」
心臓が、ぎゅっと締めつけられた。
「理由は?」
「……君の血筋が、遠すぎるから。
聖女の血は尊いけど、王太子妃としては格が足りないって」
笑えない冗談だった。
私は聖女の末裔で、国を救う力を持っている。
それなのに、「格が足りない」。
セイルは歯を食いしばった。
「僕が反対すれば、王位継承権を剥奪される。
弟のエドワードに譲れって」
私は息を呑んだ。
「……それって、あなたが王太子じゃなくなるってこと?」
「うん」
彼は私をまっすぐ見た。
「でも、いいんだ」
「え……?」
「王冠なんか、いらない」
セイルは私の手を握りしめた。
「君がいない世界で王になるより、君と一緒にいる平民のほうが、ずっと幸せだ」
涙が溢れた。
「でも……あなたの夢は? この国を良くしたいって、ずっと言ってたじゃない」
「変わらないよ」
彼は微笑んだ。
「君と一緒に、別の形で国を守る。
聖女と元王太子なら、誰にも止められない」
そのときだった。
ドンッ!
塔が大きく揺れた。
「!?」
窓の外を見ると、王都の空が赤く染まっている。
火事……じゃない。
魔力の奔流。
「隣国だ……!」
セイルの顔が青ざめる。
「ついに、侵攻してきた」
隣国は昔から、この国の聖女の力を恐れていた。
私が「魔女」として封じられている間は静かだったけど、私が覚醒した今──
「奴らは、君を殺すつもりだ」
セイルが私を抱きしめる。
「逃げよう。今すぐ」
「嫌」
私は首を振った。
「逃げない」
私の魔力が、塔全体を震わせた。
「私は、もう怖くない。
だって、あなたがいるから」
氷の花が、一斉に舞い上がる。
「セイル」
私は彼の手を取った。
「一緒に、戦おう」
彼の瞳が、揺れた。
「……本当に、いいの?」
「うん。
あなたが王冠を捨ててくれるなら、私はこの命を賭ける」
セイルは、奮い立ったように笑った。
「やっぱり、君は最高の女だ」
そして、私にキスをした。
熱くて、切なくて、でも力強いキス。
「行こう、エリシア」
「うん」
私たちは塔の窓から飛び出した。
私の魔力が、巨大な氷の翼を生む。
夜空を、銀と白の流星となって──
王都へ。
今夜、私は「魔女」でも「聖女」でもない。
ただ、愛する人を守る、ひとりの女になる。




