第6話
王冠を捨ててもいい
氷の薔薇が、静かに溶けていく。
会場の空気が、まるで春のように温かくなった。
誰もが息を呑んで、私たちを見つめている。
レオハルトは床に膝をついたまま、震えていた。
「……そ、そんなはずはない……魔女が、王太子殿下の婚約者……?」
セイル──セイラフィールは、私の手を離さずに、ゆっくりと振り返る。
「レオハルト殿下」
声は静かだった。
でも、王族の威厳が、会場全体を支配した。
「貴方は知っていたはずだ。
エリシアの魔力の本質を」
レオハルトの顔が、引き攣る。
「な、何を……」
「彼女は魔女じゃない」
セイルは、私を優しく前に出した。
「この国の、失われた王族の血を引く〈氷華の聖女〉だ」
ざわめきが、爆発した。
「聖女……?」
「まさか、伝説の……!」
私は、自分でも信じられなかった。
五年前、温室を凍らせたあの日。
実は、私の魔力は「破壊」ではなく「守護」の力だった。
暴走したように見えたのは、級女の一人が毒の花を私に近づけていたから。
私の魔力が、無意識にそれを凍らせて守ろうとしただけ。
でも、当時の私は制御できなくて、誤解された。
それ以来、私は「魔女」と呼ばれ続けた。
セイルだけが、真実を知っていた。
「僕は留学先で、古文書を見つけた」
彼は静かに語り始めた。
「この国に、かつて〈氷華の聖女〉という血統があったこと。
その力は、愛する者を守るためにだけ発動する、純粋な守護の魔力であること」
そして、私の耳元で囁いた。
「君の魔力は、僕を五年前から守ってくれていたんだ。
君が僕を好きだって、無意識に伝えてくれてた」
涙が、止まらない。
レオハルトが、最後に叫んだ。
「証拠はあるのか!? そんな都合のいい話が──」
その瞬間。
私の胸元が、光った。
ドレスの下に隠していた、古いペンダント。
母が死ぬ前にくれたもの。
ずっと意味が分からなかった紋章。
セイルが、それを優しく取り出す。
「これが証だ」
ペンダントに刻まれた紋章は、
この国の王家と、聖女の血統が結ばれた証だった。
「……まさか、エリシア嬢は、王家の遠縁……?」
貴族たちが、次々と膝をつく。
レオハルトは、完全に崩れ落ちた。
「そ、そんな……俺は……」
セイルは冷たく見下ろした。
「貴方の罪は、密輸だけじゃない。
エリシアを陥れるために、彼女の実家に圧力をかけ、孤立させたことも含めて、すべて裁く」
衛兵たちが、レオハルトを連行していく。
彼は最後に、私に向かって叫んだ。
「エリシア! 許してくれ! 俺が悪かった!」
私は、静かに首を振った。
「もう、遅いよ」
その一言で、すべてが終わった。
会場が、割れんばかりの拍手に包まれた。
「聖女様!」
「おめでとうございます!」
私は、もう「魔女」じゃなかった。
セイルが、私を抱きしめる。
「ごめん、エリシア。
王太子としてじゃなく、ただのセイルとして、君にプロポーズしたかった」
彼はポケットから、小さな箱を取り出した。
開けると、そこには──
五年前の腕輪と同じ銀で作られた、婚約の指輪。
「もう、抑える必要はない。
君の魔力を、僕が一生受け止める」
私は、泣きながら頷いた。
「うん……セイル、私も、ずっと好きだった」
彼が指輪をはめてくれる。
その瞬間、会場中に氷の花が舞い降りた。
でも、今度は誰も怖がらなかった。
みんなが、祝福してくれた。
私たちは、初めてキスをした。
氷の花が、私たちを優しく包み込む。
まるで、世界が「ようやく報われたね」と言ってくれているみたいに。




