深夜の疾走
私は静かにドアを開けて家を出た。二重玄関の引き戸を両手で丁寧に閉めて、家の前の砂利を踏みしめながら路地に向かって歩いた。静かな夜道は街頭で照らされていた。
深夜0時はとっくに過ぎている。こんな時間に出歩くことなんて普段はない。雨か雪かわからない冷たい水がちらちらと降っていて、不快感が私の感傷的な気分を邪魔する。
胸の奥で、どうしようもなく情けなく、苦しい感情が渦巻いていた。一言でいえば失恋だとおもう。家にいると、また涙が出て彼に変なメッセージを送ってしまいそうで、どうしても外に出る必要があった。
冬の冷たい空気を吸い込むと、妙にすっきりした。走り出したい気分だった。深夜に冬用コートで走っている人がいたら珍妙だと思う。だけど、それも良いかと思った。へんな人がいるって、笑われたほうが今の私にはぴったりかもしれない。本気でそう思って、すると晴れやかな気分になって、私は家の前の二車線の道路の端を、坂を登って走り出した。すぐにポケットの中に入れた財布が邪魔になって、取り出して手のひらで握りしめて走った。濡れた地面がスニーカーに引っかかって走りやすい。始めジョギングのようなスピードだったけど、次第に体が動くようになって、ぐんぐんと前に進みだした。運動の快感と、悪いことをしているような背徳感で高揚した。最高速に達して、暫く進む。
次第にスピードが落ちてくると、さっきまでの高揚が嘘みたいに、少し頭も冷静になってきた。走っていることも、無意味のように思えた。もう止まろうかとよぎった。でも、こんなに気持ちよく走ったのは中学の部活の時以来かもしれない。だからか、私は止まらなかった。止まらないまま、スピードをむしろ上げる。坂を登って登って、電信柱に灯る何本目かの電燈が見えた時、体に重く疲労の不快感が来た。だけど、電信柱までは走り切ろうと思った。足がうまく上がらなかったけど、最後の力で走りきった。膝に手をついて呼吸が苦しくて、冷たい空気が肺を凍えさせるくせに、上がった体温が汗を出して体が蒸れて気持ちが悪い。走らなければよかった。せめて、途中の気持ちいいくらいで止まっておけばよかった。
それから、歩けるくらいに呼吸が落ち着いてくると、私、やればできるじゃん。と、妙な達成感でにやけるほどに何かが回復した。徒歩で、元来た道を戻っていく。私はコートの中に口を隠して荒れた息を整えようと努めていた。へんな人だと思われないようにだ。私はやっぱり、へんな人だと思われるのは嫌なようだった。誰かがこんな閑静な夜道を覗いているとは思わなかったし、周りを確認しても誰とも目が合うわけではなかったけど、公衆の場だし、やっぱり気になった。 自宅の前を通り過ぎて、少し広い道路に出た。正面にコンビニが一件ある。あるが、なんとコンビニであるにも関わらず閉店している。このコンビニは深夜に営業していないのだ。だけど、開いていても私はこのコンビニに入らなかったと思う。見知ったコンビニに知られるには、今の私は恥ずかしいものだと思われた。たとえコンビニの店員が深夜だから別の人になっていたとしても、恥ずかしかったと思う。 だから大きい道沿いを歩いて、別の明かりを目指していく。もう少しいったところにもコンビニがある。そっちは24時間やっているし、全国チェーンだからなんとなく、私個人には注目もしてないだろう気がして、そこがいいと思った。
道を右に曲がって電柱を五本越えたあたりに、緑のコンビニがある。目的地のコンビニだ。普段は遠いからあんまり行かないが、安心できる空気があって私は好きだった。飲むヨーグルトや冷凍の汁無し担々麺などをたまに買う。実は深夜にこのコンビニに来るのもまったくの初めてというわけではない。少し、何か思いつめてしまったときや、なんてことはない気分転換に来てみたこともあるのだ。
店に入ると、一人眼鏡の店員が商品棚の近くで品出しか何かをしていた。私は気にしない素振りでカゴを持って、店内を右回りに巡っていく。 体温は上がったままだけど、呼吸は気をつけていればバレない程度には整っていたと思う。別にお腹が空いていたわけでもなかったけど、目についたスーパーカップバニラを手に取った。すぐに食べる気は起きなかったけど、運動したのでちょうどいいと思った。後で食べたくなる予感がした。
それだけ買うのも何だか変な気がしたので、他にも休みの日に食べる冷食を買って、レジへ向かった。飲み物も買おうかと思ったけど、帰りの袋が重くなりそうだからやめた。
眼鏡のお兄さんははっきりした声で、感じ良く接客してくれた。私は、ちょっと珍しい客だったと思う。こんな時間に、高校生だから。だから店員さんの方に何か思うところがあるんじゃないかとちらちらと窺ってみたけど、変わった様子は見受けられなかった。変に意識してたのは私だけなのか、それとも顔には出さずとも何か思ってくれたか。もちろん、私がその店員さんに気があるとかそういうわけじゃない。だけど、私は自分の見た目がけっこういけてるんじゃないかと思っているところがある。だから、多少はドキドキしてくれないと困るのだ。
とにかく、そんなこんなで、私は家に帰ってきて、ベッドでぐでーっと休んで、今買ってきたバニラアイスを食べて、この文章を書こうと思い立ったのだった。誰かに読んでもらって慰めてほしいのか、なんなのか自分でもよくわからない。ただ、書いてなんだか少しは落ち着いた。




