武力クーデター勃発(前編)
本当なら収穫祭の賑やかな音楽と、人々の楽しそうな笑い声が、街中に響き渡っているはずだった。
転生してきて以来、彼がずっと守りたかった世界がこの国にも確かにあった。
しかし、その穏やかな空気は、一瞬にして凍りつく。
アークヴァルドの表情が、突然、冷酷なものに変わった。
「話し合いなど無意味だ」
と彼が宣言した瞬間、街の各所から、耳をつんざくような爆発音が鳴り響いた。
「これは…」
レンは、愕然として、言葉を失った。遠く、魔王の居城の方角から、巨大な炎が立ち上るのが見えた。まるで、世界の終わりを告げる炎のようだった。魔法通信で、クリムゾン伯爵の焦った声が聞こえてくる。
「魔王城が襲撃されています!」
魔王ルシファードは、悔しそうに歯を食いしばった。
彼の心は、怒りよりも、深い悲しみと後悔に満ちていた。
「やられた…収穫祭は陽動だったのか」
彼は、曾祖父が築き上げた、共生の理想を思い出していた。人間も魔族も、獣人族も、みんなが手を取り合って暮らす、そんな世界を夢見て、彼はここまで来たのだ。
それが、こんな形で踏みにじられるなんて、彼は信じられなかった。そして、同時に、自分の責任を感じていた。
「私の統治が不十分だったのか…純血主義者の不満を、もっと早く察知できていれば…」
彼は、自分自身を責めていた。平和を維持するためには、武力だけでなく、人々の心と向き合うことが重要だと、彼はわかっていたはずだった。
しかし、目の前の現実は、彼の理想を嘲笑うかのように、血と暴力にまみれていた。
アークヴァルドは、勝ち誇ったように笑った。その笑みには、一切の迷いがなかった。
「貴様らが議論に夢中になっている間に、我が精鋭部隊は既に行動を開始している」
彼の心は、高揚感で満たされていた。まるで、長年待ち望んでいた舞台の幕が、ついに上がったかのようだった。
「ついにこの時が来た…長年準備してきた計画が、ついに実行される。人間の血を引く偽りの王を倒し、純血の魔族による真の国家を築くのだ」
彼の瞳には、狂信的な光が宿っていた。彼は、自分の行動が正しいと、心の底から信じていた。この世界は、純血の魔族が支配するべき場所であり、他の種族は、彼らに従属するべきだと。
「我々魔族こそが、この世界の支配者たるべき存在。獣人族も人間も、すべて我々に従えばよい」
彼の言葉は、まるで神の啓示であるかのように、彼自身の心をさらに強固にしていた。
「卑怯な…」
魔王軍の兵士が、怒りを込めて叫んだ。
しかし、アークヴァルドは平然と答えた。
「勝てば官軍だ。これが現実というものだ」
彼の言葉には、現実主義者の冷徹さが宿っていた。理想や正義は、力の前では無力だ。彼は、そう信じて疑わなかった。
街の至る所で、アークヴァルドの純血派精鋭部隊が一斉に蜂起し、魔王派の拠点を攻撃し始めた。
レンは、目の前で繰り広げられる状況を、瞬時に分析した。彼の頭の中では、まるでFPSゲームの戦略シミュレーションが起動しているようだった。
「これは組織的なクーデターだ」
彼は、これまでのゲーム経験で培った戦術思考をフル稼働させた。
「敵は二正面作戦を仕掛けている。こちらで足止めし、本隊で城を占拠する計画だ」
冷静な分析の一方で、彼の内心では、転生者としての使命感が燃え上がっていた。
(この世界の平和を守る。それが俺の役目だ。)
彼は、ただの傍観者でいることはできなかった。この世界の人々の笑顔を守るために、自分が行動しなければならない。その強い思いが、彼の心を突き動かしていた。
「国家が内乱状態に突入しましたね」
エレノアが冷静に分析した。彼女の落ち着いた声が、レンの心に冷静さを取り戻させた。セレスティアが竜人族の姿で、レンに尋ねた。
「どちらからいくんだい?レナード?」
レンは、迷わず決断した。
「両方だ」
「セレスティア、『シャドウ・ストライカー』は準備できているか?」
「ああ、完璧だ」
セレスティアが、懐から小さな装置を取り出した。
魔力で小さく折り畳まれたその装置は瞬時に本来の姿になった。
魔力駆動式小型高速艇『シャドウ・ストライカー』。
帝国との戦いで王都から領地に駆けつけた小型高速艇だ。
魔力装置の関係で1人しか乗れないが、それでも時代を変える程の芸術品だった。
「これで俺が遊撃戦を仕掛ける。お前たちは民衆の安全確保を頼む」
「お兄様、危険です!」
リシアが、兎の耳を心配そうに動かした。彼女の瞳には、兄を失うことへの恐怖がにじんでいた。しかし、レンの決意は固かった。
「大丈夫だ。俺はソロプレイに慣れている」
彼は、リシアを安心させるように、微笑んだ。レンが『シャドウ・ストライカー』を起動すると、魔力で駆動する小型の高速移動装置が展開された。
「行くぞ!」
そう叫んで、レンは、たった一人で、戦場へと飛び出していった。彼の心には、この世界の平和を守るという、揺るぎない使命感が宿っていた。




