聖典の真実
翌朝、レンが客室に戻ると、人間の姿に戻っているレンをみて、全員が心配そうに迎えた。
「お兄様!」
リシアが兎の耳をぴょこぴょこ動かしながら、レンに駆け寄った。魔王城の客室に案内された一行は、レンの帰りを心配そうに待っていた。
「大丈夫だったの?」
カティアが猫の尻尾を振りながら尋ねた。
「ああ、大丈夫だ。それどころか、重要なことが分かった」
「お兄様、長い話し合いでしたね」
リシアが兎の耳を心配そうに動かした。
「ああ。この国の情勢について詳しく聞いていた」
レンが話を続けようとした時、扉がノックされた。
「入ってくれ」
現れたのは魔王ルシファードと、古い書物を抱えた侍従だった。
「皆さん、改めてよろしくお願いします」
ルシファードが丁寧に頭を下げた。
リシア達は魔王の態度の変化に何があったのかと驚いた。
ルシファードは、リシア達にレンと事前に話し合った範囲でこの国に状況を伝えた。
「実は、この国は現在、非常に危険な状況にあります。私もその後、安易に招待状を送ってしまったことを反省しました。軽率に招待に応じていたら、巻き込まれていたかもしれません。まずはお詫びいたします。」
「危険な状況?」エレノアが身を乗り出した。
侍従が大きな書物をテーブルに置いた。それは先ほどの聖典とは明らかに違う、古くて分厚い本だった。
「これが本物の聖典です」
ルシファードが説明した。
「私の曾祖父が直接書いた原典です」
「本物?」皆が驚いた。
「はい。今まで民衆に見せていたのは、後の世代が政治的に改竄したものです」
ルシファードが聖典を開いた。そこには、確かに古い日本語で書かれた文字があった。
「これは...」
レンが文字を見て驚いた。
「レナード様、読めますか?」
ルシファードが期待を込めて尋ねた。
「少し...古い文字だけど前に学んだことがある」
レンは自分が転生者であると気づかれないように慎重に答えた。
「『すべての種族は平等であり、互いに助け合って生きるべし』」
みんなが息を呑んだ。
「お兄様、すごいです!」
リシアが感激した。
「『強い者は弱い者を守り、知恵ある者は無知な者を導け。しかし、それは支配ではなく、愛である』」
「素晴らしい教えですね」
イリヤが感動した。
「私の曾祖父は人間でした」
ルシファードが説明した。
「遠い日本という国から来て、人間に魔族や獣人族が迫害されているのを見て、この国を作ったんです」
「人間に…」
「それで文化が残ってるのね」
カティアが納得した。
「でも、なぜ改竄されたんですか?」
エレノアが尋ねた。
「私の祖父の代で、魔族の中に権力欲の強い者たちが現れました。彼らは聖典の教えを都合よく解釈して、魔族優位の体制を正当化したんです」
「それは許せないね」
セレスティアが憤った。
「私も長い間、本当の聖典を復活させたいと思っていました。でも、一人では限界があった」
ルシファードがレンを見た。
「だから、レナード様のような方に協力をお願いしたかったんです。招待状を送らせていただいたのも、そのためでした」
「そしていま、この国には大きな問題があります」
ルシファードの表情が暗くなった。
「どんな問題ですか?」
リシアが心配そうに尋ねた。
「魔族の貴族の中に、私が人間の血を継いでいることを問題視している者がいます。アークヴァルド・ダークフェルという貴族が首謀者で、クーデターを企んでいます」
「それは危険ですね」
エレノアが答える。
レンが立ち上がった。
「だから魔王は我々に協力を求めているんだ。奴らは来週の収穫祭で何かを仕掛けてくるらしい」
レンは「古の門」については、まだ仲間たちには話さなかった。あまりにも重大な情報で、慎重に扱う必要がある。
「それは民の平和にとっても重大な問題ですね」
イリヤが精霊族らしい美しい声で心配した。
「ああ。だから我々には、やらなきゃならないことがある」
レンが決意を込めて言った。
「このクーデターを阻止し、この国の平和を守るんだ」
「分かりました、お兄様」
リシアが兎の瞳を輝かせた。
「私たちも覚悟はできています」
イリヤも続く。
こうして、聖典の真実を知ったレン達は、クーデター阻止に向けて動き出した。
そして、「古の門」という世界の命運を左右する謎も、レンの前に立ちはだかっていた。




