英雄への称賛と、家族の嫉妬
山賊討伐の報は、瞬く間に領地中に広まった。俺の指揮の下、アルバート家が壊滅的な被害を免れたことは、領民たちの間に希望の光を灯した。かつて「役立たずの三男坊」と蔑まれていた俺は、今や「アルバート家の救世主」として、その名を轟かせ始めていた。
「聞いたか? レナード様は、ご領主様やお兄様方が館にこもってしまった中、たった一人で見張り台から戦場全体を把握し、神様みたいに指示を出していたそうだ!」
「ああ! 俺の息子の友達が『影の守護隊』にいるんだが、レナード様がいなけりゃ、俺たちの町は今頃灰になってたって言ってたぜ!」
領民たちの会話の端々から聞こえる俺への称賛は、日に日に熱を帯びていく。いままで隠してきた「影の守護隊」の正体や、彼らが町の治安維持に貢献してきた過去の功績が知られるにつれて、俺の評判は英雄譚のように語られるようになった。
その英雄譚の中心にいる「影の守護隊」も、この一件で正式にアルバート家の正規軍として認められることになった。
「本当にいいのか、レン? 俺たちみたいなのが、正規の兵士様になっちまって」
隊長に就任したカイが、真新しい隊長服の襟を触りながら、照れ臭そうに言った。彼の周りでは、同じく正規兵となった元・悪ガキたちが誇らしげに胸を張っている。
元々、俺と同じく家を継げない者や、町をぶらついていた連中ばかりだ、ほとんどが軍に残ることを希望してくれた。
「当たり前だろ。お前たちは、この町を、俺の家族を守ってくれた。そこらの兵士よりよっぽど頼りになる。これからは胸を張れ、カイ隊長」
俺がニヤリと笑うと、カイは「よしてくれよ!」と顔を赤くしながらも、その目は嬉しそうに輝いていた。仲間とのこの気安いやり取りが、俺にとってはどんな称賛よりも心地よかった。
そんな平和な日々が続いたある日、王都から一人の使者がアルバート家を訪れた。使者は、王都の貴族院に属する高官で、俺の戦術に強い興味を示しているようだった。
「アルバート卿のご子息、レナード殿。貴殿の山賊討伐における戦術は、まことに見事であったと、王都でも評判になっております。つきましては、その詳細を伺いたく……」
使者の言葉は丁寧だったが、その目は俺の能力を測るように鋭く光っていた。俺は、使者に山賊討伐の経緯と、そこで用いた戦術の概要を説明した。二つの部隊を同時に指揮し、地形と兵種の特性を活かして圧倒的多数の敵を翻弄したこと。使者は、俺の説明に熱心に耳を傾け、時折、信じられないといった表情で目を見開いていた。
説明を終えると、使者は深刻な面持ちで口を開いた。
「実は、貴殿にお伝えしなければならない、緊急の事態がございます。隣国、ヴァルクス帝国との国境紛争が、激化の一途を辿っております」
使者の言葉に、俺の表情が引き締まる。ヴァルクス帝国。それは、このアークライト王国とは長年、国境を巡って争いを続けている、強大な軍事国家だ。
使者は続けた。
「特に、帝国の『炎の姫騎士』セリナ・ヴァルクスが率いる部隊が、我が王国軍を圧倒しております。彼女の高速戦闘と、火魔法を組み合わせた戦術は、我が騎士団の常識を遥かに超えるものです」
俺の脳裏には、新たな「ボスキャラ」のイメージが湧き上がった。セリナ・ヴァルクス。その名が、俺のゲーマー魂を刺激する。
使者は、アルバート家にも兵の供出を、そして何より、この異端の戦術家である俺自身の出兵を強く求めてきた。父アルバート男爵は、今まで散々役立たずと罵ってきた出来損ないの三男坊が、王都から名指しで求められるという現実に、苦々しい思いを隠せない。
だが、王家からの要請を断ることはできず、自分の力のなさを噛み締めながら、渋々その要請を承諾するしかなかった。
「レナード、お前も、この戦に参加せよ。アルバート家の名誉は、お前の双肩にかかっている」
父の言葉に、俺は静かに頷いた。新たな戦場が、俺を待っている。
その夜、アルバート家の食堂は、凍てつくような沈黙に包まれていた。王都からの使者が帰った後、父と兄たちの溜まりに溜まった不満が、ついに爆発した。
「お父上、レナードの奴、図に乗っておりますぞ! たかが山賊を追い払っただけで、王都の使者の前で、まるで自分がアルバート家の当主になったかのような顔をしやがって!」
長男のルーファスが、顔を真っ赤にして父に詰め寄る。次男のセシルも、忌々しげに言葉を重ねた。
「そうだ! あんな役立たず、ろくに剣も振れず、魔法も使えないくせに! 偶然、うまくやっただけのくせに、領民どもまであいつを英雄扱いなんて!」
領民たちが俺を称賛する声は、壁を隔てたこの食堂にまで聞こえてくる。その声が、彼らの嫉妬の炎に油を注いでいた。
父であるアルバート男爵は、苛立ちと焦燥感で表情を歪ませた。これまで、レナードを「家の恥」と罵り、軽蔑してきたのは自分自身だ。だが、その「恥」が、実は「影の守護隊」を組織し、自分たちが成し得なかった山賊討伐を成功させ、領民たちの信頼を勝ち取り、ついには王都から名指しで求められる存在となった。
この屈辱的な現実が、彼のプライドを粉々に打ち砕いていた。
「黙れ! 貴様らとて、何もできなんだではないか!」
男爵の怒鳴り声が、食堂に響き渡る。兄弟は言葉を失った。
俺は、そんな家族の醜態を、まるで他人事のように冷めた目で見ていた。元々、彼らに愛情や期待を抱いていなかったため、その嫉妬も自分に向けられた関心の一つだとしか思っていなかった。
(まあ、いい。どうせすぐに戦場だ。こんな狭い家の中で燻っているより、よほど面白い)
俺は一人、席を立つと、リシアの心配そうな視線を背に受けながら、自室へと向かった。俺の心はすでに、セリナ・ヴァルクスという新たな強敵との戦いに向かっていた。家族の不和など、俺の「ゲーム」のシナリオには、もはや些細なイベントでしかなかった。
だが、その無関心さが父と兄たちの歪んだ感情をさらに深く、暗く燃え盛らせていることを、新たな敵の出現に高揚している俺には分かるはずもなかった。




