二つの戦場、一人の司令官
俺が「この家を守る」と決意した直後、その決意を試すかのように、屋敷中にけたたましい警鐘が鳴り響いた。
「山賊だ! 山賊が来たぞ!」
兵士たちの絶叫が、大理石の廊下に不気味に反響する。父アルバート男爵は顔を真っ青にして震え上がり、兄たちは「お前のせいだ」「いや、お前がもっと早く手を打っていれば」と、この期に及んで醜い責任のなすりつけ合いを始めた。その姿は、あまりにも滑稽で、そして哀れだった。
「お兄様……!」
リシアが、不安げな瞳で俺を見つめる。その小さな手が、俺の服の裾をぎゅっと掴んだ。彼女の指先から伝わる震えが、俺の心に直接火をつけた。この震えを、恐怖ではなく、安堵に変えてやる。そのために、俺はここにいる。そう、固く誓った。
「坊ちゃん、山賊の規模が予想以上だ。このままでは、いくら剣の腕が立つ兵士でも、多勢に無勢だ。無駄死にする必要はない!」
ガロウの言葉は、この世界の「常識」からすれば、限りなく正しい判断だった。個人の武勇に頼るこの世界では、圧倒的な数の差は、そのまま死を意味する。だが、俺には、この世界の常識を覆す「非常識な知識」があった。
「ガロウ、落ち着け」
俺は、ガロウの腕を掴み、その目を真っ直ぐに見つめた。その瞳には、先ほどの無気力なレナードからは想像もできない、鋭い光が宿っていた。ガロウは、その光に気圧され、思わず手を離した。
「さっきも言ったが、俺には、この状況を打開する策がある。だが、それにはお前たちの協力が絶対に必要なんだ」
ガロウは、俺の言葉に覚悟を決め、深々と頭を下げた。俺は、ガロウと共に兵士たちを集め、短い時間で教えられるだけFPSの基本戦術を叩き込む。そして、彼に屋敷の防衛を命じた。
「ガロウ、お前は兵士たちを率いて、屋敷の東門を防衛しろ。敵が突入してきたら、すぐに『後退』し、中庭に誘い込め。そこを拠点に、敵を迎え撃て」
「は、はい! 坊っちゃん!」
ガロウは、俺の指示の意図を完全に理解できないながらも、その言葉に宿る確かな自信に、従うしかなかった。
俺は、屋敷の最上階にある見張り台へと向かった。そこからは、領地の全景が見渡せる。手には先日出来たばかりの改良版「狙撃用魔法弓」。俺の目には、まさに「スナイパーライフル」として映っている。だが、俺の武器はこれだけじゃない。
俺は魔法の小石を手に取り、静かにコールを送った。
「ミア、聞こえるか。状況は?」
『レン! 聞こえる! 市民の避難は完了したわ。カイたちも、いつでも動ける』
ミアの冷静な声が返ってくる。そうだ、俺の本当の切り札は、この町にいる。
「よし。スナイパーチームは、予定通り町の各所に散開。敵の指揮官と魔法使いを優先的に狙え。カイ、お前たち強襲部隊は、俺の合図があるまで路地裏に潜んでいろ。絶対に動くなよ」
『おう、任せとけ!』
『了解。ゴーストハントを開始するわ』
二つの戦場、二つの部隊。そして、それを統括するのは、司令官である俺だ。
(さあ、始めようか。この世界で唯一、俺の、俺たちだけが出来る戦争を)
俺は魔法弓を構え、遠くの森から現れる山賊たちの姿を捉えた。俺の瞳は、獲物を狙うハンターのように、鋭く光っていた。山賊たちは、まるで獲物に群がる獣のように、アルバート家の屋敷へと殺到してきた。彼らの目には、略奪の欲望と、容易な勝利への確信が宿っている。しかし、彼らが知る由もなかったのは、この町全体が、今や一人のゲーマーによって「戦場」へと変貌していたことだ。
山賊の先頭集団が、町の入り口に差し掛かった、その瞬間だった。
「スナイパーチーム、攻撃開始!」
俺のコールと共に、教会の鐘楼、宿屋の屋根、森の木々の上など、予測不能な場所から、無数の「死」が降り注いだ。狙撃用ライフルから放たれた矢は、音もなく山賊たちの指揮官や、後方で詠唱を準備していた魔法使いの喉元を正確に射抜いていく。
「ぐあっ!」「何だ!?」「どこからだ!」
次々と仲間が倒れていく光景に、山賊たちは混乱に陥った。彼らの常識では考えられない、一方的な狙撃。まさに「ゴースト」の恐怖が、彼らの士気を蝕んでいく。
「怯むな! 屋敷へ向かえ! あの屋敷を落とせば終わりだ!」
頭目らしき男が叫び、混乱した部隊を無理やり屋敷へと向かわせる。だが、それこそが俺の狙いだった。
「ガロウ! 東門、敵兵三十! 弓兵はほぼいない!」
見張り台の俺から、的確な指示が飛ぶ。ガロウは、その声に導かれるように、兵士たちに指示を出す。
「散開! バリケードの陰に隠れろ!」
山賊たちは、東門に殺到する。しかし、俺の指示により、兵士たちは巧みに散開し、物陰に隠れ、山賊を中庭へと誘い込む。
「カイ、今だ! 町に残った第二陣の背後を突け!」
俺は、もう一つの戦場に指示を出す。屋敷に向かう第一陣と、後続の第二陣が分断された、まさにそのタイミング。今まで息を潜めていたカイたち「影の守護隊」の強襲部隊が、路地裏の至る所から奇襲を仕掛けた。
「うおおおお! 俺たちの町を荒らすんじゃねえ!」
カイの雄叫びを合図に、子供たちは地の利を活かし、ヒットアンドアウェイを繰り返す。彼らの動きは、もはやただの子供ではない。俺が鍛え上げた、歴戦のゲリラ部隊だ。
二つの戦場が、同時に燃え上がる。屋敷の中庭では、ガロウ率いる兵士たちがバリケードを盾に奮戦。町の路上では、カイたちが山賊の後続部隊を翻弄。そして、その全てを、俺とミアたちスナイパーチームが上空から支援する。
俺の目は、まるでゲームのミニマップを見ているかのように、二つの戦場の動き、敵味方の配置、そして戦況の変化を瞬時に把握する。そして、その情報をもとに、次々と的確な指示を飛ばしていく。
「ガロウ、敵の増援がそっちに向かった! 耐えろ!」
「カイ、深追いするな! 一旦引いて、次の角で待ち伏せろ!」
「ミア、屋敷の西側から回り込もうとしてる別動隊がいる! 潰せ!」
俺の指示は、まるで神の啓示のように、二つの戦場の兵士たちを導いていく。彼らは、俺の指示に従うだけで、まるで一個の生命体のように連動し、山賊たちを翻弄していく。
「坊っちゃん……あんたは、本当に……神か!」
ガロウは、俺の戦術に驚愕しながらも、その剣を振るう。彼の武勇と俺の戦術が融合し、圧倒的な力を生み出していた。
やがて、戦況は大きく傾いた。指揮官のほとんどを狙撃で失い、ゲリラ的な奇襲で分断され、そして屋敷の堅い守りに阻まれた山賊たちは、完全に戦意を喪失した。
「て、撤退だ! 撤退しろ! こんな町、化け物だらけだ!」
生き残った山賊たちが、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
「追撃しろ! 一匹たりとも逃がすな!」
ガロウとカイの勝利の雄叫びが、同時に響き渡った。
戦いが終わり、屋敷に戻った俺を待っていたのは、驚きと困惑、そして尊敬の入り混じった家族の視線だった。そして、ボロボロになりながらも、誇らしげな顔をした「影の守護隊」の仲間たちだった。
「やったな、レン!あ、いやレナード様」
レンがアルバート家の領主の息子と知って慌てて慣れない敬語を話すカイに周囲が和む。
「俺はレンだよ、カイ、お前は俺の仲間だ。これからもずっとな」
俺は「影の守護隊」の仲間にはレナードではなくレンと呼んで欲しかった。なぜなら俺がこの世界にきて初めて前世の自分でいれた場所だったから…。
カイが、俺の肩を力強く叩く。その笑顔が、何よりも俺の勝利を実感させた。
やがて、領民たちが屋敷の前に集まってくる。彼らは、俺の活躍、そして町の子供たちの勇姿を耳にし、俺たちを「アルバート家の救世主」として称え始める。
戦いの後、ガロウは俺の前に跪いた。
「レナード様……。このガロウ、生涯をかけて、あなた様にお仕えいたします」
その呼び名は、もはや「坊っちゃん」ではなかった。
夜空には、満月が輝いている。俺は、見張り台から遠くの王都の方向を見つめた。
(これはまだ、チュートリアルに過ぎない。俺の戦場は、もっと広い)
俺の心の中で、再びリロードの音が響いた。次なる戦いへの準備は、すでに始まっている。この異世界で、俺は伝説となる。FPS知識を武器に、仲間と共に、戦場を無双する、新たな英雄として。




