信仰の証明
教会でのレンとイリヤの対決は、あっという間に神聖王国中の話題となった。
レンがイリヤの神聖魔法に傷つけられなかったことで、一部の民衆は「やはり彼は神に祝福された存在だ」と信じるようになった。
しかし、イリヤの熱心な信者たちは、それを「異端者の邪悪な魔術」によるものだと激しく非難し、対立はますます深刻化していた。
街では連日、レンを支持する人々とイリヤを信じる人々が言い争いを繰り広げている。かつて平和だった村や町が、宗教的な対立によって分裂しているのだった。
「お兄様…民衆の皆さんが、私たちをどう思っているのか、分からなくなってきました」
リシアはすっかり元気をなくしていた。いつもの明るい笑顔も影を潜め、心配そうな表情で兄を見上げている。
レンは妹の不安を察して、優しくリシアの手を握った。
「これは信仰をめぐる戦いなんだ。そして信仰っていうのは、そう簡単に変わるものじゃない。でも俺は信じてる。真実は必ず勝つってね」
「でも、みんなが争ってるのを見るのは辛いです」
「分かってる。だからこそ、俺たちがこの混乱を終わらせないといけないんだ」
レンはエレノアに向かって指示を出した。
「エレノア、イリヤが次にどこに向かうか予測してくれ。俺は彼女に、本当の信仰とは何かを教えてやる必要がある」
「承知しました。彼女の行動パターンを分析してみます」
エレノアは冷静に頷き、すぐに情報収集を開始した。
数時間後、エレノアはイリヤの移動先を特定した。
「彼女は聖堂騎士団の大きな駐屯地があるグラナート都市に向かっています」
「やっぱりか。武力に頼る気だな」
レンは予想していたとばかりに頷いた。
「彼女は信仰の戦いを、最終的に武力で決着をつけようと考えています。論理的に考えれば、確実性を重視した判断ですね」
「でも、それは彼女が説いてきた『愛と慈悲』の教えに矛盾してる」
セレスティアが無愛想な口調で指摘した。
「矛盾したやり方で勝っても、意味がないだろう」
「その通りだ」
レンは作戦を練り始めた。
「よし、俺たちは彼女の裏をかく。イリヤが武力に頼る前に、彼女の信者たちに真実を知ってもらおう」
「具体的にはどうするんですか?」
カティアが静かに尋ねる。
「エレノア、イリヤの信者たちに情報を流してくれ。彼女の言動の矛盾を、分かりやすく説明するんだ」
「了解しました。貴族のネットワークを活用して、効果的に情報を広めます」
レンたちはイリヤが到着する前にグラナート都市に潜入した。エレノアは持前の社交術と情報収集能力を活かして、イリヤの信者たちに巧妙に働きかけ始める。
「イリヤ様は普段、神の愛と平和を説いていらっしゃいます。しかし今、武力を使ってレナード様を排除しようとなさっている。これは少し矛盾してるとは思いませんか?」
エレノアの上品で知的な話し方は、信者たちにも受け入れられやすかった。
「そう言われてみれば…確かにおかしいですね」
「どうしてイリヤ様は、私たちに平和を説きながら、ご自分は戦おうとするのでしょう?」
エレノアの情報戦は着実に効果を上げていった。イリヤの信者たちの心に、次第に疑問と不信感が芽生え始めたのだ。
翌日、イリヤがグラナート都市に到着した時、彼女を迎える信者たちの表情は以前とは明らかに違っていた。熱狂的な歓迎ではなく、どこか疑いの目で彼女を見つめている。
「皆さん…私は神の御心にかなうために、この地にやってきました」
イリヤは信者たちの冷ややかな視線に困惑していた。いつものような熱い支持が感じられない。
その時、群衆の中からカティアが静かに歩み出た。彼女の表情には、これまで見たことのない強い決意が宿っている。
「イリヤ様…お聞きしたいことがあります」
「何でしょうか?」
イリヤは警戒するような表情でカティアを見た。
「あなたは神の愛と慈悲を説いていらっしゃいます。それなのに、なぜレナード様を武力で排除しようとするのですか?」
カティアの純粋で直接的な質問に、周囲の信者たちもざわめいた。
「それは…彼が異端者だからです」
「でも、レナード様は人々を救っています。それのどこが神の御心に反するのでしょうか?」
「あなたは神に背いた者! 神の罰を受けなさい!」
イリヤは動揺して、カティアに向かって強力な神聖魔法を放った。眩い光が広場を包み込む。
しかし、カティアはその攻撃を避けることなく、真正面から受け止めた。そして信じられないことに、彼女は自分の禁呪魔法を使って、イリヤの攻撃魔法を癒しの光に変換したのだ。
「な、何ということ…!」
イリヤは目を見開いて驚愕した。自分の神聖魔法が、禁呪魔法によって浄化されるなど、あり得ないことだった。
カティアは穏やかな表情で答えた。
「私の魔法は人を傷つけるためにあるのではありません。人を癒し、救うためにあるのです。これが…私なりの信仰なんです」
カティアの行動は、その場にいた全ての人々に深い感動を与えた。禁呪魔法を使いながらも、それを人を救うために用いる姿に、真の信仰の姿を見たのだ。
「すごい…禁呪魔法で人を癒すなんて」
「あの人こそ、本当の信仰者なんじゃないでしょうか?」
信者たちの間に、明らかな変化が起こっていた。彼らは、言葉ではなく行動で示される真の信仰を目の当たりにしたのだ。
リシアも感動して言った。
「カティアさん、素晴らしいです! それが本当の信仰の力ですね!」
セレスティアも珍しく感心したように頷く。
「結果が全てを物語ってる。立派なもんだ」
エレノアも分析を加えた。
「理論的にも完璧です。禁呪魔法で癒しを行うなど、従来の宗教観念を完全に覆しています」
イリヤは自らの力を失ったかのように、その場にくずおれた。自分が信じてきた価値観が、根底から覆されたのだ。
「私は…一体何を信じてきたのでしょうか…」
レンはイリヤの元に歩み寄り、優しく手を差し伸べた。
「お前の信仰は人を縛るためのものだった。でも俺たちの信仰は、人を自由にし、救うためのものなんだ」
レンの温かい声に、イリヤは顔を上げた。
「まだ戦いは終わってない。お前も俺たちと一緒に、本当の意味で人々を救う戦いに参加しないか?」
イリヤはレンの差し出された手を見つめながら、震え声で尋ねた。
「あなたは…本当に異端者なのですか?」
「異端者かどうかは、神様が決めることだろう。でも俺は、困ってる人がいたら助けたいと思ってる。それだけだ」
レンのシンプルで真摯な答えに、イリヤの目に涙が浮かんだ。
「私は…今まで何をしてきたのでしょう…」
「大丈夫だ。人間は間違いを犯すものだ。大切なのは、間違いに気づいた時に、正しい道を歩み直すことだからな」
周囲の人々は、この光景を静かに見守っていた。対立していた二つの信仰が、互いを理解し合おうとする瞬間だった。
イリヤは長い沈黙の後、ついにレンの手を取った。
「教えてください…本当の信仰とは何なのかを」
レンは優しい笑顔で答えた。
「一緒に学んでいこう。俺だって、まだ分からないことだらけなんだからさ」
こうして、信仰をめぐる対立は新たな段階を迎えた。物語は、さらなる試練と成長が待つ新しい局面へと突入していく。
レンとイリヤ、そして仲間たちが共に歩む道は、これまで以上に困難なものになるかもしれない。しかし、真の理解と信頼に基づいた絆は、どんな試練をも乗り越える力を与えてくれるはずだった。




