敵陣偵察ミッション
国王からの密命を受けたレン達は、もう一度、神聖王国へ向かった。
目的は神聖王国内部の偵察。
異端審問後の民衆の反応や、聖堂騎士団の動きを探るという重要な任務だった。
「つまり、FPSで言う『敵陣偵察ミッション』ってことだな」
レンは馬車の中で地図を広げながら、ゲーマー特有の分析を始めた。
「民衆は、お兄様を英雄として見ているでしょうか?」
道中、リシアが不安そうにレンに尋ねた。レンは優しくリシアの頭を撫でながら答える。
「どうだろうな。俺の戦術は、この世界の常識とはかけ離れている。もしかしたら、俺を『悪魔の使徒』だと考える人もいるかもしれない」
「そんなことありません! お兄様は絶対に正しいことをしているんです!」
リシアの純真な信頼に、レンは苦笑いを浮かべた。
「ありがとう、リシア。でも現実はそう単純じゃないんだよ」
エレノアは冷静に分析を加える。
「政治的に考えれば、レンの行動は神聖王国の権威を大きく傷つけました。反発は必至でしょう」
「だが、腐った権威なら傷つけても構わん」
セレスティアが無愛想にそっけなく言い放つ。
「技術者から見れば、嘘をついて人を陥れる連中など信用に値しない」
しかし、実際に町や村に到着すると、レンたちの予想は完全に覆された。
民衆の表情には確かに恐怖があったが、それはレンたちに向けられたものではなかった。彼らの瞳には、救いを求める切実な希望が宿っていたのだ。
「救世主様…! どうか、私たちを助けてください…!」
一人の老婆が涙ながらにレンにすがりついた。その後ろには、同じように苦しみに満ちた表情の村人たちが列を成している。
「え? 救世主って、俺のこと?」
レンは困惑した。彼が想像していた「悪魔扱い」とは正反対の反応だったからだ。
(それにしても、自分のことが予想したより速く知れ渡っているな…)
リシアは民衆の苦しみを見て、胸を痛めた。
「お兄様…皆さん、とても辛そうです」
「ああ、分かった。話を聞こうじゃないか」
レンは冷静に状況を分析し始めた。村人たちから話を聞くうちに、神聖王国の真の実態が明らかになってきた。
「これは想像以上にひどい状況だな。正義と秩序の完全な衝突だ」
聖堂騎士団は「神の意志」という名目で、実際には圧政を敷いていた。
重税の取り立て、強制労働、そして少しでも逆らう者は「異端者」として容赦なく捕らえられる。まさに恐怖政治そのものだった。
「秩序を保つという名目で、民衆の人権を完全に無視している。これじゃあ本末転倒だ」
エレノアは素早く行動を開始した。
「私が密かに情報収集を始めます。住民の証言を記録し、聖堂騎士団の圧政の証拠を集めましょう」
貴族として培った情報網と交渉術を活かし、彼女は村人たちから詳細な証言を聞き取っていく。
一方、セレスティアは実用的なアプローチを取った。
「民が身を守れるよう、簡易防具と隠し武器を作る。材料はこの辺りで調達できる」
職人らしい実践的な発想で、彼女は村の鍛冶場を借りて作業を始めた。
「おい、セレスティア。そんなことしたら、俺たちが武器を供与したってばれるぞ?」
レンが心配そうに言うと、セレスティアは振り返らずに答える。
「ばれても構わん。技術者として、弱き民を守るのは当然だ」
その無愛想な口調の裏に、強い正義感が感じられた。
次に訪れた町では、状況はさらに深刻だった。聖堂騎士団が「神への奉仕」と称して、村人たちに過酷な労働を強制している現場を目の当たりにしたのだ。
「うわあ…これは酷すぎる」
レンは思わず声を漏らした。まるでブラック企業の労働環境を宗教で正当化したような光景だった。
(これは現代で言うなら、完全にパワハラと強制労働だな。FPSで例えるなら、敵の拠点占拠ミッションで、NPCを人質に取られてる状況か)
レンはゲーマー特有の思考で、敵の戦術を分析した。
「兵力は少ないが、信仰という見えない武器で民衆をコントロールしている。でも逆に言えば、その信仰が崩れれば一気に形勢逆転できる」
リシアは村人たちの子供に優しく声をかけていた。
「大丈夫ですよ。お兄様がきっと皆さんを助けてくれます」
子供たちはリシアの温かい笑顔に安心し、次第に心を開き始める。
「お姉ちゃん、本当に助けてくれるの?」
「ええ、約束します。お兄様はとても優しくて強い人なんです」
リシアの純真な言葉に、子供たちの瞳に希望の光が宿った。
レンは村人たちに向かって、力強く語りかけた。
「俺はお前たちを助ける。だが、そのためには、お前たち自身の力も必要だ。一緒に戦ってくれるか?」
「でも…神様に逆らったら、天罰が下るんじゃ…」
村人の一人が震え声で言うと、レンはにっこり笑った。
「神様が本当に愛と慈悲の存在なら、苦しむ人々を救うことを罰するはずがない。むしろ喜んでくれるはずだ」
レンの論理的で温かい言葉に、村人たちは勇気を取り戻し始めた。彼らはレンの言葉に従い、聖堂騎士団の圧政に立ち向かう準備を始める。
「すげぇ…レンの言葉って、本当に人の心を動かすんだな」
カティアが感心したように呟く。
「記憶魔法で見てきた多くの指導者とは全然違います。レン様の言葉には、本当の優しさがある」
しかし、小さな町に到着した時、状況は一変した。住民たちは蜂起寸前の危険な状態にあった。
広場では興奮した群衆が「聖堂騎士団を追い出せ!」「圧政を許すな!」と叫んでいる。
「おいおい、これはまずい展開だぞ」
レンは群衆の熱気を感じながら、慎重に状況を判断した。
「暴動になったら、結局被害を受けるのは一般市民だ。冷静に対処しないと」
エレノアが素早く群衆の中に入り、情報収集を開始する。
「皆さん、落ち着いてください。まず状況を整理しましょう」
彼女の上品で知的な話し方に、興奮していた住民たちも少しずつ冷静さを取り戻していく。
「住民が『レナード様は英雄か、それとも異端者か』で意見が分かれています」
エレノアがレンに報告すると、リシアが心配そうに言った。
「お兄様…どうしましょう?」
「大丈夫だ。群衆心理は扱い方次第で味方にも敵にもなる。ここは冷静に対処しよう」
(これはもう、のんびり偵察っていう訳にはいかなくなってきたな…、ただ今の時点での派手な戦いは避けなければ…)
レンは群衆の前に立ち、穏やかな声で語りかけた。
「皆さん、私はレナード・アルバートです。皆さんの苦しみを理解し、共に解決策を考えたいと思います」
レンの誠実な態度に、群衆の空気が少しずつ和らいでいく。
「でも、暴力に訴えるのは最後の手段です。まずは話し合いで解決できる方法を探しましょう」
住民たちはレンの冷静で建設的な提案に耳を傾け始めた。リシアは民衆に寄り添い、希望の象徴として温かく微笑みかける。
「お兄様の言う通りです。きっと平和的な解決方法があるはずです」
リシアの純真で優しい笑顔に、住民たちの心も和らいでいく。
「兄様…民衆が、私たちを信じてくれました!」
リシアはレンに満面の笑みでそう告げた。レンは妹の成長を感じながら、静かに頷く。
「ああ。俺たちの戦いは、もう俺たちだけのものじゃない。民衆の、そして…この世界の未来をかけた戦いになったんだ」
しかし、その時、遠くの丘に聖堂騎士団の偵察隊の姿を発見した。銀色の鎧に身を包んだ騎士たちが、明らかにレンたちを監視している。
「やばい。敵の接近だ」
レンはすぐにその意図を察した。
ゲーマーとしての直感が、危険を告げていた。
「これは演習や威嚇じゃない。本格的に俺たちを排除しに来てる」
セレスティアが険しい表情で振り返る。
「戦闘準備をするか?」
「いや、まだだ。まずは状況を見極めよう」
カティアは記憶魔法で騎士団の過去の行動パターンを調べながら、レンに警告した。
「レン様、彼らの記憶を見る限り、民衆を守るためには武力行使も視野に入れる必要があります」
レンはカティアの冷静な分析に頷いた。
「分かった。でも、できる限り平和的に解決したい。戦いは最後の手段だ」
夕日が町を赤く染める中、レンたちは新たな決意を固めていた。聖堂騎士団の偵察隊は徐々に包囲網を狭めており、避けられない衝突が迫っていることは明らかだった。
「民衆を守るためなら、俺は戦う」
レンは仲間たちを見回しながら宣言した。
「でも、この戦いの目的を忘れちゃいけない。俺たちは民衆を解放するために戦うんだ。復讐や征服のためじゃない」
エレノアが頷く。
「その通りです。私たちの戦いには明確な正義があります」
セレスティアも武器の手入れをしながら答える。
「正しい戦いなら、全力で支援する。それが鍛治師の心意気だ」
リシアは兄の手を握りしめて言った。
「お兄様、私も一緒に戦います。民衆の皆さんを笑顔にしたいんです」
カティアも静かに決意を表明する。
「私の記憶魔法も、皆さんのお役に立てるはずです」
こうして、レンたちの戦いは個人的な異端審問から、民衆の解放をかけた本格的な戦いへと発展していく。
言葉だけで民を守ることができるのか? それとも武力による解決が必要なのか?
聖堂騎士団との本格的な衝突が迫る中、レンたちは信仰と人間性、どちらが人々を真に導くことができるのかを証明しなければならなかった。
遠くで聖堂騎士団の角笛が響く。戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。レンは仲間たちと共に、この新たな挑戦に立ち向かう覚悟を決めた。
「よし、行くぞ。行動開始だ」
夜が更けていく中、レンたちは民衆と共に、聖堂騎士団との戦いに向けて準備を進めていく。
この戦いが大陸全体の運命を左右することを、まだ誰も知らなかった。




