理解者とレンの覚醒
転生して二年の月日が流れた。
剣も魔法も使えない俺はこの家では相変わらず「役立たず」でアルバート家の恥扱いだ。
いつもの食事が終わり、自室に戻ると、すぐにノックの音がした。どうせまた、小言を言いに来た使用人だろうと、うんざりしながら「入れ」と告げる。
だが、ドアを開けて入ってきたのは、意外な人物だった。まだあどけなさの残る顔立ちに、きらきらと輝く大きな瞳。俺の記憶にある、唯一の味方――妹のリシア・アルバートだった。
「お兄様、大丈夫ですか? 朝食の時、お父様がまたひどいことを……」
心配そうに眉を下げ、俺の顔を覗き込むリシア。彼女の言葉には、家族の誰とも違う、純粋な優しさが宿っていた。俺は、彼女のその優しさに、思わず胸が温かくなるのを感じた。現代で失った「仲間」という存在を、彼女の中に見た気がした。
「ああ、大丈夫だ。心配してくれてありがとう、リシア」
そう言って頭を撫でてやると、リシアは少し驚いたように可愛らしくも愛らしい大きな目を見開いた後、はにかむように微笑んだ。転生前の記憶の中のレナードは、いつも俯いてばかりで、こんな風に妹と触れ合うこともなかったからだ。この二年で随分懐いてくれたがまだ時折驚かせてしまう。
リシアは光魔法の適性を持つ、この世界では珍しい才能の持ち主だ。だが、アルバート家の財政難と、辺境という立地から、十分な教育を受けられていない。彼女の才能が、このまま埋もれてしまうのは惜しい。俺は、そう思った。
リシアが部屋を出てしばらくすると、今度はドタドタと、まるで巨人が歩いているかのような足音が近づいてくる。そして、乱暴なノックと共に、野太い声が響いた。
「坊っちゃん! 生きてるか!」
「……ガロウか。入れ」
「また旦那様に怒鳴られたと聞いたが、気にするな。坊っちゃんは坊っちゃんのままでいい」
ガロウはそう言って、大きな手で俺の肩を叩いた。その力強さに、俺は思わずよろめく。ガロウは、レナードが剣も魔法も使えない「役立たず」と蔑まれても、決して俺を見捨てることはなかった、数少ない人物の一人だ。
「しかし、このままではアルバート家も終わりだ。山賊がパッタリと来なくなったせいか領地の兵も士気が足りん。跡取りのルーファス様も先頭に立って指揮をとられるには覇気が足りない・・・。このガロウも剣の腕には自信があるが、戦術となるとどうも……」
ガロウは頭を掻きながら、困ったように呟く。彼の言葉を聞きながら、俺はこの二年のあいだ、密かに観察してきた兵士たちの訓練風景を思い出した。彼らは個々の剣術は優れているのかもしれないが、集団としての動き、連携、位置取りといった概念が、まるで欠落しているように見えた。
(プロの古参兵士でもこの程度だ...。この世界では、戦術という概念が軽視されているのか? いや、それとも、俺の知っている「戦術」が、この世界では非常識なのか?)
現代FPSで培った知識が蘇る。マップの構造、敵の索敵、味方との連携、有利なポジションの確保、そして何よりも、刻一刻と変化する戦況を瞬時に判断し、最適な行動を選択する「戦術眼」。
この世界では、剣や魔法といった個人の能力が重視され、集団戦術は未発達なのかもしれない。
いままで俺たち「影の守護隊」が相手にしてきたのは所詮子供騙しの小規模での戦いだ。相手も少数の山賊や夜盗といった本格的にプロの訓練を受けていないやつばかりだった。
だが、もしこの世界の戦争レベルがこの程度だとしたら――
「ガロウ、今の状況について、もう少し詳しく教えてくれないか?」
俺の問いに、ガロウは驚いたように目を見開いた。いつもは気弱で、戦の話など避けていたレナードが、自ら戦術について尋ねてきたのだから無理もない。
「坊っちゃん、どうしたんだ? 急に」
「いや、少し、興味が湧いただけだ。ずっと考えていたんだが、この世界の戦い方について、俺の知っていることと、何か違うところがあるんじゃないかと思ってな」
俺は、ガロウの戸惑いをよそに、彼の言葉の端々から、今この世界での「戦場」の常識を吸収していく。そして、今更ながらに確信した。
(俺のFPS知識は、子供の遊びではなくこの異世界全体で「チート」になる。間違いない!)
俺の心に、かつてプロゲーマーを目指していた頃のような、熱い炎が灯り始めていた。
次の日、俺は屋敷の庭を散策していた。兵士たちが訓練に励む声が聞こえてくる。彼らは剣を振り、魔法を放ち、個々の技を磨いている。その動きは確かに洗練されており、熟練の兵士であれば一人で複数の敵を相手にできるだろう。
だが、俺の目には、彼らの訓練がひどく非効率的に映った。彼らはただ、個人の力量を上げることに終始し、集団としての動きを全く意識していない。
まるで、それぞれがバラバラに戦うデスマッチのようだ。
カバーも、連携も、位置取りも、まるでなってない。俺の『影の守護隊』の方がよっぽど組織だって動ける。これじゃあ、どんなに個人の腕が良くても、数で押されたら簡単に崩壊してしまうな……。
現代FPSでは、たとえ個人のエイム力が多少低くても、チーム全体で連携し、適切な役割分担と有利なポジションを確保することで、格上の相手にも勝利することができる。そして、リアルタイムかつ極めて迅速な判断と実行を必要とする点で、歴史上の戦術とは異なる優位性を持っている。
この世界には魔法での情報伝達方法がある。今まで訓練に使っているのを見たことがないのは情報共有が軽視されている証拠だろう。
あるいは、戦う兵士一人一人に状況を共有させたら混乱を招く、という考えもあるかもしれない。それはある意味正しい……ただそれでは状況に応じてリアルタイムに戦術を変えることが出来ない。
FPSではボイスチャットやミニマップを通じて、チームメイト間で敵の位置や状況を瞬時に共有する。だからこそ、プレイヤーの移動速度も速く、武器の切り替えやエイム(照準合わせ)も一瞬におこなえる。
あとは刻一刻と変化する戦況を読み解く「戦術眼」が重要だった。
俺は、この世界の兵士たちに、その「戦術眼」が決定的に欠けていることに気づいた。彼らは、目の前の敵を倒すことしか考えていない。背後からの奇襲、側面からの挟撃、高所からの狙撃――そういった概念が、彼らの訓練には存在しないのだ。
やっぱり……いける。俺のFPS知識がこの世界ではとんでもないチートになるかもしれない。
胸の奥で、冷え切っていたはずの情熱が、再び燃え上がるのを感じた。これは、かつて夢破れたゲーマーとしてのリベンジマッチだ。今度こそ、この手で勝利を掴んでやる。




