戦術の勝利
山賊たちは、まるで獲物に群がる獣のように、アルバート家の屋敷へと殺到してきた。彼らの目には、略奪の欲望と、容易な勝利への確信が宿っている。しかし、彼らが知る由もなかったのは、この屋敷が、今や一人のゲーマーによって「戦場」へと変貌していたことだ。
「ガロウ! 東門、敵兵二十! 弓兵五!」
見張り台のレンから、的確な指示が飛ぶ。ガロウは、その声に導かれるように、兵士たちに指示を出す。
「散開! 弓兵は後方へ! 剣士はバリケードの陰に隠れろ!」
山賊たちは、東門に殺到する。従来の戦い方であれば、兵士たちは門の前で正面からぶつかり、多大な犠牲を払っていただろう。しかし、レンの指示により、兵士たちは巧みに散開し、物陰に隠れ、山賊を中庭へと誘い込む。
「今だ! 魔法弓兵、狙撃開始!」
レンの指示と共に、屋敷の窓から、数本の魔法の矢が放たれる。それは、山賊の弓兵たちの喉元を正確に射抜き、彼らを次々と沈黙させていく。山賊たちは、どこから攻撃されているのか分からず、混乱に陥った。
「ガロウ! 中庭に誘い込め! バリケードを盾に、敵を分断しろ!」
ガロウは、レンの指示に従い、兵士たちを中庭へと後退させる。山賊たちは、勢いそのままに中庭へとなだれ込むが、そこにはレンが指示した通りに築かれたバリケードが待ち構えていた。バリケードによって分断された山賊たちは、個々に孤立し、兵士たちの連携攻撃の餌食となる。
レンは、見張り台から戦場全体を俯瞰していた。彼の目は、まるでゲームのミニマップを見ているかのように、山賊たちの動き、兵士たちの配置、そして戦況の変化を瞬時に把握する。そして、その情報をもとに、次々と的確な指示を飛ばしていく。
「西側、敵の増援! ガロウ、そちらに兵を回せ!」「敵の指揮官、中央突破を狙っている! 集中砲火で叩け!」
レンの指示は、まるで神の啓示のように、戦場の兵士たちを導いていく。兵士たちは、レンの指示に従うだけで、まるで手足のように動き、山賊たちを翻弄していく。
ガロウは、レンの戦術に驚きを隠せない。彼の剣術とレンの戦術が融合することで、これほどまでに圧倒的な力を発揮するとは、想像だにしなかった。
「坊っちゃん……あんたは、本当に……!」
ガロウは、レンの指示に従いながら、興奮に震える。彼の剣が、レンの戦術によって、かつてないほどの輝きを放っていた。
リシアは、屋敷の中から、レンが戦場を支配している様子を不安げに見守っていた。彼女の目には、兄がまるで別人のように見えていた。
レンの指揮の下、アルバート家の兵士たちは、まるで訓練された精鋭部隊のように動き、山賊たちを次々と打ち倒していった。
山賊たちは、予想外の戦い方に混乱し、統率を失っていく。彼らの常識では考えられない「見えない敵」からの狙撃、そして兵士たちの巧みな連携に、為す術もなく翻弄された。
「撤退だ! 撤退しろ!」
山賊の頭らしき男が、恐怖に顔を引きつらせて叫ぶ。だが、時すでに遅し。魔法弓が、その男の頭を正確に射抜いた。指揮官を失った山賊たちは、完全に戦意を喪失し、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
「追撃しろ! 一匹たりとも逃がすな!」
ガロウの雄叫びが響き渡る。兵士たちは、レンの指示で疲労困憊ながらも、残党を追撃し、完全に壊滅させた。予想をはるかに下回る被害で、アルバート家は山賊との戦いに勝利したのだ。
戦いが終わり、屋敷に戻ったレンを待っていたのは、驚きと困惑、そして尊敬の入り混じった家族の視線だった。
父アルバート男爵は、レンを「役立たず」と蔑んでいた過去を恥じるように、ただ呆然と立ち尽くしていた。兄たちは、言葉もなく、レンを見つめるばかりだ。
「お兄様……!」
リシアが、レンに駆け寄る。その瞳には、不安の色はもうない。ただ、安堵と、そして誇らしげな光が宿っていた。レンは、リシアの頭を優しく撫でた。彼女の笑顔が、何よりも彼の勝利を実感させた。
やがて、領民たちが屋敷の前に集まってくる。彼らは、レンの活躍を耳にし、彼を「アルバート家の救世主」として称え始めた。辺境の無名貴族に、新たな名声が芽生え始めていた。
それは、かつて「役立たず」と呼ばれた三男坊が、この世界の常識を覆し、新たな歴史を刻み始めた瞬間だった。