ファーストブラッド
レンが「この家を守る」と決意した直後、その決意を試すかのように、屋敷中にけたたましい警鐘が鳴り響いた。
「山賊だ! 山賊が来たぞ!」
兵士たちの叫び声が、屋敷の廊下を駆け巡る。父アルバート男爵は顔を真っ青にして震え上がり、兄たちは互いに責任をなすりつけ合うばかりで、有効な対策を打ち出せない。
兵士たちは武器を手に取るものの、その顔には恐怖と諦めが色濃く浮かんでいた。彼らは、この没落したアルバート家には、もはや山賊を撃退する力など残されていないと、心の底から信じ込んでいるようだった。
「お兄様……!」
リシアが、不安げな瞳でレンを見つめる。その小さな手が、レンの服の裾をぎゅっと掴んだ。彼女の震えが、レンの心に火をつけた。この震えを、恐怖ではなく、安堵に変えてやる。そう、固く誓った。
「坊っちゃん! このままでは屋敷が危ない! 坊っちゃんだけでも、裏口から逃げるんだ!」
ガロウが、血相を変えてレンの部屋に飛び込んできた。彼の顔には、焦りと絶望が入り混じっていた。ガロウは、レンの肩を掴み、半ば強引に引っ張ろうとする。
「山賊の規模が予想以上だ。このままでは、いくら剣の腕が立つ兵士でも、多勢に無勢だ。無駄死にする必要はない!」
ガロウの言葉は、この世界の「常識」からすれば、正しい判断だった。個人の武勇に頼るこの世界では、圧倒的な数の差は、そのまま死を意味する。
だが、レンには、この世界の常識を覆す「非常識な知識」があった。
「ガロウ、落ち着け」
レンは、ガロウの腕を掴み、その目を真っ直ぐに見つめた。その瞳には、先ほどの無気力なレンからは想像もできない、鋭い光が宿っていた。ガロウは、その光に気圧され、思わず手を離した。
「俺には、この状況を打開する策がある。だが、お前たちの協力が必要だ」
レンは、ガロウに自分の戦術を試させてほしいと申し出た。ガロウは半信半疑だったが、他に打つ手がない以上、レンの言葉に一縷の望みを託すしかなかった。
「……坊っちゃん。もし、それでこの家が救われるというのなら、このガロウ、命に代えても従います」
ガロウは、レンの言葉に覚悟を決め、深々と頭を下げた。レンは、ガロウと共に兵士たちを集めた。彼らの前で、レンは、この世界の兵士たちには理解不能な言葉を並べ立てた。
「いいか、お前たち。これからの戦いは、個人の武勇だけでは勝てない。重要なのは『連携』と『位置取り』だ」
兵士たちは、互いに顔を見合わせ、困惑の表情を浮かべる。彼らにとって、戦いとは、剣を振るい、魔法を放ち、敵を打ち倒すこと。連携など、考えたこともない概念だった。
「『散開』! 敵の攻撃を一点に集中させるな! 『カバー』! 味方が攻撃を受けている間は、別の味方が援護しろ! そして『フォーメーション』! 常に有利な位置を確保し、敵を挟み撃ちにしろ!」
レンは、FPS用語を交えながら、身振り手振りで説明する。兵士たちは、彼の言葉の意味を完全に理解できないながらも、ガロウの指示で渋々従う。レンは、彼らの困惑をよそに、指示を続けた。
「ガロウ、お前は兵士たちを率いて、屋敷の東門を防衛しろ。敵が突入してきたら、すぐに『後退』し、中庭に誘い込め。中庭には、俺が指示した場所にバリケードを築いてある。そこを拠点に、敵を迎え撃て」
「は、はい! 坊っちゃん!」
ガロウは、レンの指示の意図を完全に理解できないながらも、その言葉に宿る確かな自信に、従うしかなかった。
レンは、屋敷の最上階にある見張り台へと向かった。そこからは、領地の全景が見渡せる。手には、書斎で見つけた古びた魔法弓。それは、レンの目には、まさに「スナイパーライフル」として映っていた。
(さあ、ファーストブラッドだ。この世界での、俺の最初の獲物)
レンは、魔法弓を構え、遠くの森から現れる山賊たちの姿を捉えた。彼の瞳は、獲物を狙うハンターのように、鋭く光っていた。