ゴースト・スナイパーズの脅威
狙撃用魔法弓――俺が内心「スナイパーライフル」と呼んでいるこの革命的兵器は、俺たち「影の守護隊」の戦い方を根底から覆した。俺はカイたちと稼いだ報奨金の全てと、ため込んでいた盗賊の隠し金さえも、この「未来」への投資に注ぎ込んだ。
「本当にいいのか、レン。こんなに払っちまって」
金貨の詰まった袋を鍛冶職人に渡す俺を見て、カイが心配そうに囁く。彼の腕には、まだ生々しい傷跡が残っていた。あの敗北の記憶が、彼の慎重さを増させているのだろう。
「問題ない。これは必要経費だ。それに、すぐに何倍にもなって返ってくる」
俺は自信たっぷりに言い放った。職人には厳重な口止めを約束させ、数丁のライフルを秘密裏に増産させる。そして、「影の守護隊」の中から、特に集中力と冷静さに優れた数名を選び出した。ミアはもちろん、普段は口数が少ないが、一度集中すると周りの音が聞こえなくなるようなタイプの連中だ。
路地裏の隠れ家に集めた彼らの前に、布に包まれたライフルを並べる。
「これが、俺たちの新しい力だ」
布が取り払われた瞬間、子供たちの間にどよめきが起こった。無骨で、冷たい鉄の塊。弓とも剣とも違う、異様な存在感を放つそれに、誰もが息を呑んでいた。
「なんだよ、これ……。レン、また変なもん作らせたのか?」
カイが代表して尋ねる。俺はニヤリと笑い、一丁を手に取って構えてみせた。
「いいか、お前たちの仕事は一つだ。俺が指定したターゲットを、遠くから、気づかれずに仕留める。それだけだ。もう、直接危険な目に遭う必要はない」
「あいつらはカイに怪我をさせたんだ。大勢の罪のない村人からも奪って殺した。罰をうけて当然だ。俺たちが倒すんだ」
俺は選抜したメンバーにライフルの使い方を徹底的に叩き込んだ。スコープの覗き方、風の読み方、引き金の引き方。最初は戸惑っていた彼らも、スコープ越しに見える圧倒的な射程と、引き金を引くだけで矢が正確に的を射抜くその性能に、すぐに魅了されていった。恐怖と興奮が入り混じったような、キラキラとした目でライフルを撫でる姿は、前世で最新のグラフィックボードを手に入れたゲーマーのようだった。
こうして、俺たちのチームは、近接戦闘を主体とするカイたちの「強襲部隊」と、俺が率いる「狙撃部隊」の二つに分かれた。それは、FPSにおけるアタッカーとスナイパーの役割分担そのもの。より立体的で、高度な作戦を展開できるようになった俺たちの最初の標的は、カイに深手を負わせ、俺たちに初めての敗北を刻みつけた、あの歴戦の傭兵崩れの盗賊団だった。
「レン、本当に大丈夫か? あいつら、前の奴らとは違うぞ。今度こそ殺される……」
作戦会議の場で、カイが不安を隠せない様子で言った。彼の腕の傷が、その恐怖を物語っている。他のメンバーも、緊張した面持ちで俺の顔を見ていた。
「ああ、大丈夫だ。今回は、俺たちが『狩る』側だからな」
俺は不敵に笑い、地図を広げた。俺の心は、不思議と凪いでいた。なぜなら、今回は戦う前から、敵の動き、味方の動き、そして勝利に至るまでの道筋が、完璧に「見えて」いたからだ。
俺は盗賊団のアジトを特定すると、周囲の森に狙撃部隊を配置した。俺自身もライフルを構え、アジト全体を見下ろせる崖の上の、絶好の狙撃ポイント(強ポジ)に陣取る。眼下には、焚き火を囲んで酒を飲み、下品な笑い声を上げる盗賊たちの姿が見えた。スコープ越しに覗くと、その表情まで手に取るように分かる。
「カイ、準備はいいか?」
俺は、魔法の小石――簡単な意思疎通ができるだけの、子供だましの魔道具に話しかける。
『……おう。いつでもいける。けど、本当に大丈夫なんだろうな』
カイの不安げな声が返ってくる。
「心配するな。お前たちは、俺の合図があるまで絶対に動くな。いいな?」
『……分かったよ。お前を信じる』
その言葉を最後に、通信を切る。俺は深く息を吸い、精神を集中させた。戦場の神に祈るような、厳かな時間。FPSでマッチが始まる前の、あの静寂と高揚感が蘇る。
俺はカイたち強襲部隊に、陽動としてアジトの正面から鬨の声を上げさせた。
「うおおおお! 影の守護隊だ! 覚悟しろ、盗賊ども!」
その声に、アジト内の空気が一変する。
「敵襲! 敵襲だ! またあのガキどもか!」
「舐めやがって! 今度こそ皆殺しにしてやる!」
案の定、盗賊たちはカイたちを侮り、武器を手にアジトから飛び出してくる。リーダー格の男が、一番先頭で吼えている。前回、カイを斬りつけた男だ。だが、それが彼らの運の尽きだった。彼らはまだ、自分たちがすでに複数のスコープに捉えられていることなど、知る由もない。
「ターゲット、一番右の弓兵。――撃て」
俺の冷静なコールが、狙撃部隊の持つ魔法の小石に響く。
次の瞬間、森の各所から放たれた数本の矢が、ほとんど同時に、風を切り裂く音もなく盗賊団の弓兵に突き刺さった。声も上げられずに崩れ落ちる仲間を見て、盗賊たちは何が起きたのか理解できずに立ち尽くす。
「な、なんだ? どうした!」
「どこからだ! どこから攻撃された!」
混乱が広がる。リーダー格の男が、必死に周囲を警戒し、仲間を鼓舞しようと叫んでいる。だが、それも全て無駄な足掻きだ。
「次、左から二番目のリーダー格。――撃て」
混乱する彼らの指揮官が、次のターゲットだ。放たれた矢は、的確にその心臓を貫いた。男は信じられないといった顔で自らの胸を見下ろし、そのまま前のめりに倒れた。
リーダーを失い、どこから攻撃されているのかも分からず、盗賊団は完全にパニックに陥った。
「ひいっ!」「ば、化け物だ!」「逃げろ!」と叫びながら、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
「カイ、今だ。残党を狩れ」
俺の合図で、今まで息を潜めていたカイたちが一斉に飛び出す。残ったのは、カイたちの強襲部隊による、一方的な掃討戦だけだった。
この日を境に、俺たち「影の守護隊」の名は、別の意味で裏社会に轟くことになる。姿を見せずに、気づいた時には仲間が死んでいる。その神出鬼没で一方的な狩りは、恐怖の対象となった。いつしか俺たちは、山賊や盗賊たちの間でこう呼ばれるようになっていた。
「アルバート領の路地裏には、亡霊が住み着いている」と。
あれから1年、俺たちの活動は順調だった。狙撃という絶対的なアドバンテージを得たことで、以前よりも大規模な山賊の斥候部隊すら狩れるようになり、報奨金も面白いように貯まっていく。守護団の指揮も高くメンバーも増えていった。
だが、そんな状況を快く思わない者がいる。
この地域一帯の山賊を束ねる、山賊団の頭目だ。
アジトの奥深く、玉座のような椅子に座る大柄な男が、苛立たしげに机を叩いた。
「最近、アルバート領に放った斥候がことごとく帰ってこねえ。一体どうなってやがる。これでは略奪の計画も立てられねえ!」
彼の前には、かろうじて生き残ったという配下の一人が震えながらひざまずいていた。
「お、頭……。ゴーストです……。森に入ると、どこからか矢が飛んでくるんです。気づいたら、周りの奴らがみんな……。あれは人間の仕業じゃありません……」
「ゴーストだと? ふざけたことを言うんじゃねえ!」
頭目は男を蹴り飛ばすと、捕らえていた商人から聞き出した情報を思い返していた。「最近、アルバート領のガキどもが妙に羽振りがいい」「アルバート家は没落寸前だが、昔からの蓄えは相当なものらしい」。
点と点が、線で繋がった。
「なるほどな。俺の縄張りでコソコソと稼いでいるネズミが、その『ゴースト』の正体か。そして、そのネズミどもを養っているのが、アルバート家というわけだ。面白い…」
頭目の目に、獰猛な光が宿る。彼は、邪魔な斥候を狩る「ゴースト」と、その資金源となっているであろうアルバート家を、同時に潰すことを決意した。獲物が大きいほど、燃える性分だった。
「全員に伝えろ。次の狙いはアルバート家だ。邪魔する亡霊どもごと、根絶やしにしてやる。あの土地に眠る財宝は、全て俺たちのものだ!」
国中で簒奪を繰り返し王国の軍隊でさえ手を焼いている山賊団の頭目がついに『影の守護隊』に目を向ける。静かに、しかし確実に、俺たちの住むアルバート領へと動き出し始めていた。
その頃の俺はと言えば、そんな巨大な悪意が迫っていることなど知る由もなかった。ただ、増えていく報奨金の額と、日に日に増していくライフルの数に、万能感にも似た高揚感を覚えているだけだった。
「レン、また新しいの作ったのか?」
「ああ。これで、一個小隊規模でライフルを持てるな」
路地裏の隠れ家で、新品のライフルを磨きながら、俺は満足げに呟いた。子供の遊びの延長だった「自警団ごっこ」が、本物の「戦争」へと姿を変えようとしていることに、まだ気づいていなかった。俺の心は、次の「ゲーム」でどうやって勝利するか、そのことで頭がいっぱいだったのだ。




