天才鍛冶師セレスティア・ドレイク
王都を出発した一行は、実に奇妙な組み合わせであった。
アルバート家の嫡男レナード。彼を兄様と呼び、片時もそばを離れようとしない純真な妹リシア。レンを唯一無二のライバルと認め、半ば強引に同行してきたヴァルクス帝国の姫騎士セリナ。そして、かつては敵でありながら、今やレンの影としてその知略を支える元密偵エレノア。
彼女たちの存在は、道中の宿場町で人々の好奇の視線を一身に集めたが、レンにとっては、もはやかけがえのない「仲間」であった。
レンたちが王都から領地への旅を続けていたある日、彼らは街道沿いの小さな宿場町で夜を明かすことになった。
その町は、古くから良質な鉄が採れることで知られており、かつては腕利きの鍛冶師たちが集まる場所だった。
だが、今ではすっかり活気を失っていた。
宿屋の主人がため息交じりに言った。
「ドレイクの工房も、今や見る影もねぇ。あの天才鍛冶師セレスティア様も、めっきり外に出なくなっちまった…」
その言葉に、エレノアが興味を示した。
「ドレイク家は、王都でも名高い鍛冶師の一族。彼女がこの町にいるとは」
エレノアの言葉に、レンはFPSの『ユニークアイテム』を思い浮かべた。彼のFPSの知識を具現化するには、この世界の常識を超える武器が必要不可欠だ。
レンはこの天才鍛治師がどのような人物なのか、直接会ってみたいと思った。
その天才鍛治師=セレスティア・ドレイクは、一般的な貴族令嬢の華やかさとは無縁な、独特の美しさを持っていた。
彼女の一番の特徴は、短く切り揃えられた栗色の髪だ。それは、溶鉱炉の火を思わせるような深い色合いで、いつも少し乱れている。その髪は、彼女が貴族の慣例よりも、鍛冶師としての仕事に情熱を注いでいることを物語っていた。
だが、最も目を引くのは、その虹彩色の瞳だ。光の角度によって、金、銀、銅といった金属の色に変化し、その輝きは、彼女の内に秘められた無限の創造性が溢れ出しているかのようだった。
彼女は、王都でも名高い鍛冶師の一族の娘として生まれた。
彼女の天賦の才は、幼い頃から周囲を驚かせた。他の鍛冶師が何百年もかけて培った技術を、彼女はわずか数年で習得し、誰もが「神童」と呼んだ。しかし、彼女の才能は、同時に彼女を孤独な道へと追いやった。
彼女が作った武器は、あまりに「斬新」すぎた。
それは、従来の戦術や魔法の概念を覆すものだった。王都の貴族たちは、彼女の技術を称賛しつつもその常識外れの武器を「不安定」なものとして遠ざけた。
「セレスティア殿。あなたの才能は素晴らしい。だが、この剣はあまりに奇抜すぎる。我々の戦術には合わない」
そう言って、彼女の最高傑作をまるで汚物を見るかのように投げ捨てた貴族もいた。彼女の才能は、この世界の「常識」という厚い壁に阻まれていた。
そして、彼女の心に決定的な傷を負わせたのは、最愛の父の死だった。父もまた、彼女と同じく新しい技術を追い求める探求者だった。しかしある時、彼女が開発した新たな鉱石の精錬法を試した際に、事故で命を落としてしまった。
「お前のせいで、父は…!」
親族たちは、彼女を非難した。
彼女は、自分を責め、自分の才能が愛する人を傷つけ、周りから孤立させるだけの「呪い」なのではないかと深く絶望した。
そして、王都を離れ辺境の宿場町でひっそりと工房を構えるようになった。彼女の心は、才能を封じ込め決して外に出そうとはしなかった。
そんなある日、レンが埃をかぶった工房の扉を叩いた。
レンは自らの名を名乗り、ここへ来た目的を話そうとした。
「ああ、最近王都で奇妙な戦術を使って成り上がった貴族か!
何の用だ。生憎だが、俺は暇じゃない」
彼女は無愛想に言い放った。
明らかに聞く耳を持たない彼女だがレンは諦めなかった。
レンは、FPSの『クラフトシステム』を思い出し、彼女に一つの提案をした。
「俺の戦術は、この世界の武器では完璧に再現できない。君に、俺の考えた武器を作ってほしいんだ」
彼は、彼女が作った武器に込められた「可能性」について語り、彼女に彼の「奇抜な戦術」を具現化する武器を作ってほしいと依頼した。
セレスティアは、レンの言葉に興味を示さなかった。彼女にとって、それは、かつて彼女を苦しめた「期待」という名の呪いだった。
「お前も、他の奴らと同じだ。俺の才能を、都合の良い道具として利用しようとしているだけだ」
セレスティアは、冷たく言い放った。彼女の心は、かつての絶望によって、硬く閉ざされていた。
しかし、レンは、彼女の言葉に動じることなく、静かに言った。
「俺は、君の才能を『道具』とは見ていない。君の才能は、俺の戦術を『芸術』に変える力だ。そして、俺は、君のその力を、『仲間』として信じている」
レンは、彼女に、自分の過去を語った。
孤独な人間として、誰にも理解されなかった苦悩。そして、この世界に来て、リシアやセリナ、エレノアという「仲間」と出会い、初めて「チーム」として戦う喜びを知ったことを。
セレスティアは、レンの言葉に、驚きを隠せなかった。彼の言葉は、彼女が抱えていた孤独に、深く共鳴した。
(この男も…私と同じように、誰にも理解されない孤独を抱えていたのか…?)
彼女の心は、レンの言葉に少しずつ溶かされていく。
そして、レンが彼女に差し出した、奇妙な『設計図』を見た瞬間、彼女の心は完全に開かれた。
その設計図は、この世界のどの武器とも違っていた。そこには、彼女が追い求めてきた、「未知の可能性」が詰まっていた。彼女は、レンの言葉が真実であることを悟った。彼は、彼女の才能を、ただの道具として見るのではなく、彼女自身の「探求」を尊重し、共に歩もうとしているのだと。
「……分かった。レナード。お前のその奇妙な戦術、俺の最高の『作品』にしてやる」
セレスティアの瞳には、かつての絶望の影はなかった。そこには、職人としての探求心と、レンという「同志」と出会った喜びが、輝いていた。
彼女は、レンの戦術を物理的に具現化する「相棒」として、再び創造の道へと足を踏み出すことを決意した。