下手くそなアプローチ
エレノアは、レンを「完璧なデータ」として分析するのをやめた。その代わり、彼女の心は彼に触れるたび予測不能な「感情」の嵐に揺さぶられるようになった。
王都で帰郷のための準備をしていたある日の午後、レンが書斎で古びた戦術書を読み込んでいると、エレノアが静かに部屋に入ってきた。
「レナード様。紅茶をお持ちしました」
彼女は、銀の盆に載せた紅茶をレンの机に置いた。その動作は、完璧な作法に則っていたが、彼女の顔は少し強張り、視線はレンと合わなかった。
「ありがとう、エレノア。でも、君がわざわざ運んでくれなくてもいいんだ」
レンがそう言うと、エレノアはまるで計算が狂ったかのように、言葉に詰まった。
「い、いえ…。この紅茶は、『最適な休憩』を促すための『戦略的補給』です。そして、その…、『効率的』に、あなたの疲れを癒す…」
彼女は、ぎこちなくFPS用語を並べ立てた。レンは、その不器用な言葉の羅列に、クスッと笑った。
「そっか。エレノアの『補給』最高だな」
レンの優しい言葉に、エレノアの頬がわずかに赤く染まった。彼女は、完璧な論理で恋愛を攻略しようとするが、その度に感情という「バグ」に翻弄される。
それは、レンにとっては微笑ましく愛おしい光景だった。
リシア、セリナ、エレノアの三人は、レンの知らないところで、奇妙な「作戦会議」を開くようになっていた。
「ねえ、聞いて! お兄様、この前私の作ったお菓子を、
『最高級の回復アイテム』だって言ってくれたの!」
リシアは、頬を染めながら幸せそうに話す。彼女の心は、レンへの純粋な愛情で満ちていた。
「ふん。そんな子供騙しの言葉に喜んで…。レンは、私との模擬戦の時が一番楽しそうにしている。あれは、私にしか与えられない『最高の刺激』なんだ」
セリナは、不貞腐れたように言うが、その瞳は自信に満ちていた。彼女にとって、レンは互いの強さをぶつけ合うことができる、唯一無二の「ライバル」であり、特別な存在だった。
「わたくしは、先日、『最適な睡眠』を促すためのアロマを、レナード様の部屋に置きました。
彼は、わたくしに『戦術的に非常に有効だ』と…」
エレノアは少し得意げに、だがどこか不安そうに語る。彼女の恋愛は、「論理」から「感情」へと、ゆっくりと形を変えつつあった。
三人の会話は、互いのレンへの恋心を探り合う、静かな『情報戦』でもあった。しかし、その根底にはレンを想う気持ちだけでなく、互いへの友情も芽生え始めていた。
リシアは、セリナの強さとエレノアの知性を尊敬するようになった。セリナは、リシアの純粋さとエレノアの不器用な優しさに触れた。そしてエレノアは、彼女たちの感情の豊かさに、「人間」としてのあるべき姿を見出していた。
レンは、三人の女性からのアプローチを、まるで『三つ巴のチームデスマッチ』のように楽しんでいた。
リシアの無垢な愛情は彼の心を癒し、セリナの熱いアプローチは彼の闘志を掻き立てる。そして、エレノアの不器用なアプローチは彼の心を温かくした。
(みんな、それぞれの『プレイスタイル』で、俺に『好感度』を稼ごうとしてるな。この『ゲーム』、難易度が高すぎる…)
レンは、苦笑しながらも、彼女たちの気持ちを無下にすることはなかった。彼は、彼女たち一人ひとりの個性を尊重し、それぞれの「恋心」を大切にしようとした。
なぜなら、彼は、FPSの世界で孤独な『ソロプレイ』の苦しさを知っているからだ。
彼は、二度と仲間を失いたくない。
そして、彼女たちの友情がいつか互いを傷つけあうような悲劇的な結末を迎えないよう、彼は『チーム』を維持しようと決意した。
レンの選択は、決して一人を選ぶことではなかった。それは、彼女たちの「恋」という「感情」を受け入れ、三人の「友情」を、より深い「絆」へと昇華させることだった。
彼は、三人の愛と友情の「戦場」で、『真のリーダー』として、新たな『物語』を紡ぎ始めるのだった。