「不協和音」の少女
レオンハルトは、王都を離れて旅を続けた。
彼の心は、レンに敗北した屈辱と信じていた完璧な理論が崩壊した絶望で満たされていた。
彼の中では、人々の感情は依然として予測不能な「ノイズ」でしかなかった。
そんなある日、彼は村外れの小さな丘で、歌を口ずさむ一人の少女を見つけた。彼女は、王都の貴族令嬢のように美しいドレスをまとうわけでもなく、洗練された歌声を持つわけでもなかった。
彼女の歌は、音程は不安定で、声も小さく、レオンハルトの耳にはまるで不協和音のように聞こえた。
(なぜ、こんな不完全な歌を歌うのだ? 無駄な労力に過ぎない)
レオンハルトは、彼女の歌に理解不能な非効率性を見出し、苛立ちを覚えた。しかし、彼女の歌声は彼が立ち去ろうとした足を止めた。
彼女の歌は、完璧ではなかったが、そこには誰かを想う純粋なか心が込められているように感じられたのだ。
翌日、レオンハルトは再び丘へと足を運んだ。
少女は今日も同じ場所で歌を口ずさんでいた。
レオンハルトは、彼女に話しかけた。
「なぜ、そんな不完全な歌を歌う? もっと練習すれば、完璧な音程で歌えるはずだ」
レオンハルトの言葉に、少女は驚いて彼を見つめた。
彼女の瞳は、まるで彼の冷たい心を映し出す鏡のようだった。
「この歌は、お母さんに教わった、昔の歌なの。私は歌が下手だって、自分でも分かってる。でもね、歌を聴いてくれた人が、少しでも元気になってくれたら、それでいいの」
少女は、優しく微笑んだ。
その笑顔は、レオンハルトが今まで見てきた計算された貴族の笑顔とは、全く異なるものだった。彼女の言葉は、彼の完璧な論理では理解できない、「誰かを想う気持ち」という予測不能なデータだった。
レオンハルトは、彼女に「お前の歌は、非効率的だ」と告げようとした。
だが、言葉が出てこなかった。
彼の完璧な思考回路は、少女の純粋な心という「バグ」に、初めて侵食されていた。
それからレオンハルトは毎日、丘へと足を運んだ。
彼は、少女の歌を聴き彼女と少しずつ話すようになった。
彼女は、レオンハルトを王族としてではなくただの一人の旅人として接した。
「ねえ、あなたも誰かのために歌ったことはある?」
少女の問いに、レオンハルトは何も答えられなかった。
彼は、今まで自分のためにしか生きてこなかった。完璧な王になるために、全ての人々を駒として見てきたからだ。
そして、生まれた時から王族として、また周囲の欲深い権力者達の中で生きていく自分には、そうする事が正しいことだと信じてきた。
ある日、村に嵐が来た。
少女は病気で寝込んでいる母親のために、薬草を摘みに行くと言った。嵐の中、危険な道のりを進む彼女をレオンハルトは止めようとした。
「愚かだ。そんな非効率的な行動は、命を危険に晒すだけだ」
しかし、少女は微笑んで言った。
「これは、私がやりたいことなの。お母さんのために、私ができることだから」
レオンハルトは、その言葉にレンの姿を重ねた。
レンは、仲間たちのために非合理な行動を厭わなかった。彼は、それが「非効率」ではなく、「愛」であることを、初めて理解した。
レオンハルトは、無意識のうちに少女の後を追っていた。彼は、完璧な論理を捨て初めて「誰かのために」行動した。
嵐の中、少女は足を滑らせて崖から落ちそうになった。レオンハルトは、反射的に手を伸ばし、彼女を掴んだ。
彼は彼女を救った。
それは、完璧な論理の計算でも効率的な判断でもなかった。ただ、彼女を失いたくないという不完全な感情だった。
レオンハルトは少女を救った後、彼女にこう告げた。
「お前の歌は、完璧ではない。だが、誰かの心を動かす力がある。それは…私が持ち得なかった力だ」
レオンハルトの冷たい心は、少女の不完全な歌声と彼女の純粋な心に触れることで、少しずつ溶けていった。
彼の完璧な理論は、敗北の果てに、「愛」という名の最も美しい答えを見つけたのだった。
その時、彼は初めて自分が間違っていたのかもしれないという思いに駆られた。完璧な論理は、人々を幸福にすることはできない。人を動かすのは、完璧な計算ではなく、不完全な感情なのだと。
彼女の歌は、完璧でなくとも人々の心を温かくする力を持っている。レオンハルトは、その歌声に自分が失っていた「感情」というものを感じた。
彼はかつてチェスの駒として見ていた人々と、言葉を交わし、共に笑い、共に泣いた。彼は初めて誰かのために何かをしたいと、心からそう思った。
かつて、彼が求めたものは完璧な「王」となるための「論理」だった。だが、敗北と旅を経て彼が最終的に求めたものは、不完全なままで誰かと「心」で繋がる「人間」としての生き方だった。それは、彼の人生をやり直すための新たな「希望」だった。
レオンハルトの心は、かつての冷酷な「完璧主義者」から、少しずつ変わり始めた。彼は、この小さな村で自分自身の「物語」を、もう一度最初から紡ぎ直すことを決意した。
それは、もはや王位継承という「ゲーム」ではなく、「人間」として生きる、新たな旅の始まりだった。
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