エレノアの告白
王都での「戦略会議」の日、エレノアはレンに、そしてそこに居合わせたリシアとセリナに、すべてを打ち明ける覚悟を決めた。
自分は、第3王子レオンハルトに仕える密偵であること、そしてレンの戦術を解き明かすために近づいたことを、正直に話した。
「わたくしは、あなたを陥れるために、この屋敷に来ました」
エレノアの告白に、その場の空気は凍り付いた。リシアは戸惑い、セリナは警戒の表情をあらわにする。レンは、ただ静かにエレノアを見つめていた。彼の視線に怒りや失望の色はなく、ただ彼女の言葉の続きを待つ冷静な光が宿っていた。
「ですが、あなたたちの優しさと、絆を目の当たりにし、わたくしの心は変わりました。あなたたちのようになりたいと、心からそう思ったのです」
エレノアは、涙を浮かべながらそう告げた。リシアは、兄を裏切ろうとしたエレノアの告白にショックを受けながらも、彼女の苦しそうな表情に、同情の念を抱いた。セリナは、エレノアの言葉を信じきれないでいたが、レンが口を開いた。
「エレノア、君が話してくれて嬉しい。君は、俺たちの仲間だ。これからも、それは変わらない」
レンの言葉に、エレノアは驚き、そして安堵の涙を流した。リシアもセリナも、レンの言葉に倣うようにエレノアを受け入れた。
その夜、レンは屋敷の自室で一人戦術書を読んでいた。転生してからというもの、この世界の戦場を『ゲーム』として捉え、『攻略』することに没頭してきた。FPSで培った知識と経験は、彼の人生をやり直すための『チート』だった。
しかし、模擬戦を思い返すと彼の心はどこか満たされない思いでいっぱいになった。レオンハルト王子が仕掛けた完璧な戦術は、彼のFPS知識を完璧にコピーしていた。その時、彼は初めて『ゲーム』を『作業』のように感じた。予測も驚きもない、ただの『作業』だ。
そんな時、部屋の扉がノックされた。入ってきたのは、エレノアだった。彼女は、王子の密偵としてレンに近づき、彼の戦術を盗もうとしていた。
レンは最初からそのことに気づいていた。彼女の完璧な分析力は、レンの知識を『データ』として正確に読み取ろうとしていた。それは、まるで『アンチチートシステム』のように、レンの『ゲーム』を分析し破壊しようとする試みだった。
レンは、彼女の正体を知った上で、彼女の『戦略会議』に応じた。それは、彼女の知性を試すためであり、そして彼女の『AI』のような思考に『人間らしさ』という『ノイズ』を送り込むための彼なりの『ゲーム』だった。
「レン、あなたは私が王子の刺客だと知っていたのですね?」
エレノアの言葉に、レンは静かに頷いた。
「ああ。最初に会った時から、君は「データを活用するだけの機械」みたいだと思ってたからな。君の言動には、感情がなかった。完璧な『データ』を分析するだけの、無機質な視線だった」
エレノアは、その言葉に顔を曇らせた。彼女は自分の完璧な仮面が、レンには最初から見透かされていたことを知った。
「なのに、なぜ…? なぜ私を…、罠だと知っていて、受け入れてくれたのですか?」
レンは、読んでいた戦術書をそっと置き、エレノアの瞳をまっすぐに見つめた。
「俺は、この世界で、一人で戦ってきた。周りの奴らは、俺のことを剣も魔法も出来ない『ゲームばかりする変な奴』だと笑った。俺の戦術は誰にも理解されなかった。孤独だったよ」
彼の言葉に、エレノアは息をのんだ。彼女もまたその完璧な知性ゆえに、誰からも理解されず孤独だったからだ。
「でも、この世界に来て、リシアやセリナ、そしてお前と出会った。完璧なデータや、効率的な戦術だけじゃ勝てない戦いがあるって知った。大事なのは、『人間』だ」
レンは、エレノアの手をそっと握った。彼女の手は、最初は冷たく、震えていた。しかし、レンの温かさに触れるうちに次第に温かさを取り戻していった。
「レオンハルト王子は、完璧な『データ』で俺の戦術を模倣した。でも、俺たちが勝ったのは、彼が『人間』を『駒』としか見ていなかったからだ」
「完璧な戦術は『心』がなければ、ただの『作業』でしかないんだ」
「俺には、お前が『データを活用するだけの機械』から『人間』になろうとしているようにみえた。そして、それは俺の『強み』になる。いや、俺たちの『絆』になるんだ」
レンの言葉は、エレノアの心を震わせた。彼女が探し求めていた答えは、完璧なデータや戦略の中ではなく、この温かい手のひらにあったのだ。
その夜、エレノアは、完璧な『AI』としての自分を捨て、レンという『人間』と、彼が築き上げてきた『仲間』との『絆』を選んだ。レンは彼女の裏切りを許したのではない。彼女の人間的な成長を信じ、それを自らの力として受け入れたのだ。
レンの最強の戦術はもはやFPSの知識だけではない。
それは、人々の心と心をつなぎ、『絆』という名の最強の『チーム』を築き上げることだった。
その夜、エレノアは王子の屋敷に戻りレンが危険人物ではないこと、そして彼を排除するべきではないことをレオンハルトに報告した。
だが、王子の答えは、冷酷なものだった。
「エレノア、貴様は裏切った。貴様がそう言うなら、私の手で、貴様とレナード・アルバート、そしてアルバート家を、同時に潰してやろう」
レオンハルトは、エレノアの報告を「裏切り」と断定し、彼女とレン、アルバート家に対して制裁を下すことを決意した。
レオンハルト王子にとって、レンの存在は日に日に看過できないものとなっていた。レンの戦術は、人々を惹きつけ熱狂させる「人間味」に溢れていた。
それは、王子が築こうとしている、感情を排した完璧な論理による支配体制にとって最も危険な脅威であった。
彼の目的は、もはやレンの戦術を手に入れることではなく、自分の意に反する者を、そしてその才能を徹底的に叩き潰すことへと変わっていた。
王子は、レンを社会的に抹殺し、その戦術を完全に無力化するための冷酷な謀略を実行に移すことにした。




