情報戦という名のランクマッチ
ゼノス公爵は柔和な笑みを浮かべ、俺に近づいてくる。
「レナード殿。ようこそ、我が屋敷へ」
公爵が手を差し出す。
「貴殿の活躍は、王都の誉れでございます。特に、あの山賊討伐における『戦術』。まことに見事であったと、私も感服いたしました」
公爵は、俺の手を握り友好的な言葉を並べる。
だがその握手には、わずかながらも力を込めて、俺の反応を伺っているのが分かった。
(フェイントか。俺の反応速度を測ってやがるな)
「恐縮でございます、公爵閣下」
俺は、謙遜しながらも、公爵の目を真っ直ぐに見つめ返す。
「これも偏に、兵士たちの奮戦の賜物でございます」
公爵は俺の態度に満足したように頷くと、本題に入ってきた。
「ところで、レナード殿」
公爵が興味深そうに聞く。
「貴殿の用いる『戦術』について、もう少し詳しくお聞かせ願えませんか?例えば、『クリアリング』とは、具体的にどのような『術』なのでしょうか?」
(おっと、さっきセリナに説明してたのを聞いてたのか)
さっき俺がセリナに説明していたFPS用語を、しっかり聞き耳を立てていたらしい。
さすがは『情報収集』に長けた『スナイパー』だ。
俺は、ニヤリと笑った。
(よし、ここで一気に攻めるか)
「『クリアリング』とは、すなわち『角から覗き込み、敵の気配を察知する術』でございます、公爵閣下」
俺は、FPS用語を異世界風に言い換えながら、コミカルに説明する。
「これは、敵の『待ち伏せ』を回避し、常に『有利なポジション』を確保するための、最も基本的な『ムーブ』でございます」
公爵は、俺の言葉に興味津々といった様子で耳を傾けている。
セリナは、俺の言葉にツッコミを入れたくてウズウズしているようだが、公爵の前ではさすがに自重している。
その表情がまた面白い。
「なるほど...」
公爵が続ける。
「では、『ヘッドショット』とは?」
(きたきた)
「『ヘッドショット』は『敵の急所を狙い撃つ、一撃必殺の技』でございます」
さらに畳みかける。
「これは、敵の『体力ゲージ』を一気に削り、戦闘を有利に進めるための、最も効率的な『攻撃手段』でございます」
公爵は俺の言葉に感心したように頷いている。
彼の目は、俺の『戦術』の深淵を覗き込もうとしているようだった。
(悪いが、俺の『FPS知識』は、この世界の貴族たちには、まだまだ理解不能な『チート』なんだよ)
俺のFPS用語を交えた説明に、晩餐会の貴族たちは混乱の極みにあった。
彼らは、俺の言葉の意味を理解しようと、互いに顔を見合わせ、ひそひそと囁き合っている。
まるで、『ラグ』がひどくて『チャット』が読めない『プレイヤー』たちのようだ。
公爵は、俺の予想外の切り返しに焦りを見せ、額に汗を滲ませていた。
「な、なるほど...」
公爵はかろうじてそう絞り出すのが精一杯だった。
「レナード殿のその『分析』、まことに興味深い...」
彼の顔は、まるで『フリーズ』したゲーム画面のように固まっている。
俺は、そんな公爵の様子を見て、心の中で『GG(Good Game)』と呟いた。
(よし、完全に圧倒したな)
セリナは俺の隣で、その一部始終を見ていた。
彼女は、俺の言葉の意味は理解できないものの、俺が公爵を圧倒していることは理解しているようだった。
彼女の口元には、かすかな笑みが浮かんでいた。
(セリナも楽しんでるな)
晩餐会が終わり、屋敷に戻る馬車の中で、セリナは俺に詰め寄った。
「貴様、一体何を言っていたのだ!?」
セリナがイライラと興味の混ざった複雑な表情で詰め寄ってくる。
真剣に見つめてくる美しいアイスブルーの瞳に一瞬ドキッとした。
「『バージョン』だの『ナーフ』だの『メタ』だの、まるで意味が分からぬぞ!」
その姿は、まるで『バグ』に遭遇して『フリーズ』した『ゲーム』のようだ。
だが、その裏には俺への興味と、かすかな賞賛の念が隠されているのが俺には分かった。
「いやいや、あれはな」
俺は笑いながら答える。
「公爵を煙に巻くための『ハッタリ』だよ。俺の故郷のゲーム用語を、それっぽく当てはめてみただけだ」
「ハッタリ...?」
「ちょっとしたゲームの説明をしただけだ、実際のところなんの意味もないさ」
「それなのに、凄い重要な秘密でも聞いたようなあの態度、笑えるよな」
セリナは俺の言葉に呆れたようにため息をつく。
「貴様の言葉は相変わらず意味不明だが、あの公爵を黙らせたのは見事だった」
彼女が続ける。
「貴様のような『奇妙な男』が、この王都に現れたことは、ある意味この王国の改革なのかもしれぬな」
セリナはそう言いながらもどこか楽しそうにしている。
彼女のツンデレな評価に俺は満足した。
(よし、今日も大勝利だな)
俺の『情報戦』はまだまだこれからだ。
王都の貴族社会という『ランクマッチ』で、俺はもっと『ポイント』を稼いでやる。
(次のボスは誰だ?楽しみだな)
窓の外を流れる夜景を眺めながら、俺は次の戦略を練り始めた。
この世界は、俺にとって最高のゲームだ。そして、俺には最高のパートナーがいる。
(セリナ、これからもよろしく頼むな!)
俺は心の中で呟いた。
新しい戦いが、また始まろうとしていた。