役立たずの三男
意識が浮上する。瞼の裏で、柔らかな光を感じた。
(……ここは?)
ゆっくりと目を開けると、そこは見慣れない光景だった。高い天井から吊るされた、優美な装飾の天蓋。滑らかな手触りのシーツ。部屋の調度品は、どれもレンが今まで見たこともないような、アンティークなデザインで統一されている。豪華だが、どこか色褪せ、使い古された印象を受けた。
混乱のまま、自分の手を見る。白く、華奢で、明らかに自分の手ではない。慌てて体を起こすと、その体もまた、記憶にある自分のものよりずっと細く、若々しいものに変わっていた。
その瞬間、頭の中に奔流のように、膨大な情報が流れ込んできた。
「――レナード・アルバート」
知らないはずの名が、自分の名であるかのように、しっくりと馴染む。ここは魔法と騎士が支配する中世風の王国「アークライト王国」。そして自分は、その辺境に領地を持つ没落寸前の貴族、アルバート家の三男、レナード・アルバートに転生したのだと。
「レナード様、お目覚めですか」
ドアがノックされ、侍女らしき女性が入ってくる。彼女の目に宿るのは、敬意ではなく、侮蔑と憐れみが入り混じったような冷たい光だった。
「旦那様と奥様が、朝食の席でお待ちです。また寝坊などと、これ以上、あの方々を失望させないでいただきたいものですね」
侍女の言葉は、レナードの記憶にある家族からの評価を裏付けていた。
食堂へ向かうと、長いテーブルの上座に座る厳格な顔つきの父と、神経質そうな母、そして二人の兄が、すでに食事を始めていた。レナードの姿を認めると、父であるアルバート男爵が、忌々しげに舌打ちをする。
「なんだ、レナード。まだその寝ぼけ面を晒す気か。剣の才能もなく、魔法の素質もない。我が家の恥さらしめが」
「兄上たちを見習え。お前のような役立たずがいるから、アルバート家がますます侮られるのだ」
兄たちからの追い打ちの言葉が、突き刺さる。記憶の中のレナードは、この言葉に傷つき、ただ俯くだけだった。だが、今のレンの心には、別の感情が渦巻いていた。
(……なるほどな。これが、俺の新しいスタート地点か)
冷え切った家族関係、没落寸前の家。まさに、どん底からのスタート。だが、不思議と絶望は感じなかった。むしろ、空っぽだった心が、新たな目標で満たされていくような、奇妙な高揚感さえ覚えていた。