王都という名の新マップ
王都は、俺が想像していた以上に華やかで、そして、複雑な場所だった。石畳の道には馬車が行き交い、色とりどりの衣装をまとった貴族たちが闊歩している。辺境のアルバート家とは比べ物にならない、圧倒的な富と権力がそこにはあった。
「すげえな...これが王都か」
前世では見たこともない中世的光景に俺は思わず呟いた。
「レナード殿、ようこそ王都へ。貴殿の活躍は、国王陛下のお耳にも届いておりますぞ」
「アルバート家の名誉、まことに喜ばしい限りですな」
王宮に到着すると、次々と貴族たちが挨拶にやってくる。彼らは皆、笑顔で俺を称賛するが、その目の奥には、探るような、あるいは値踏みするような光が宿っているのが見て取れた。
(うわ、これ、完全に『政治』だな。FPSでいうところの、マップの隅っこで隠れてるスナイパーみたいなやつらばっかだ…。笑顔だが誰ひとり目が笑ってねーな)
貴族社会の常識に疎い俺は、彼らの社交辞令や裏での駆け引きに辟易した。FPSなら、敵は明確で、倒せば終わりだ。だが、この貴族たちは、敵なのか味方なのか、はたまたただのモブなのか、判別がつきにくい。これは、俺にとって全く新しい「ゲーム」だった。
「貴様、また奇妙なことを考えているな。王都の貴族社会とは、辺境のそれとは異なる。表面的な言葉の裏に、真意が隠されているものだ」
隣で護衛に扮したセリナが、呆れたように俺に忠告する。彼女は捕虜でありながら、まるで俺の家庭教師のように貴族社会の常識を教えてくれようとする。だが、俺はそれをFPSの知識で解釈しようとするため、話が全く噛み合わない。
「つまり、こいつらは『隠密行動』が得意な敵ってことか? それとも、『デコイ』として使われる可能性もある?」
「……貴様には、この世界の言葉が通じぬのか!?」
セリナは、頭を抱えて唸る。その様子が、なんだか可愛らしくて、俺は思わず笑ってしまった。そんな俺を、周囲の貴族たちが奇異な目で見ていたが、そんなことはどうでもよかった。
そして、いよいよエドワード・フォン・アークライト国王陛下との謁見の時が来た。俺は前に進み礼をとる。国王は、玉座に座り、威厳に満ちた表情で俺を見下ろしていた。その目は、俺の奥底を見透かすかのように鋭い。
「レナード・アルバート。貴殿の山賊討伐、そしてヴァルクス帝国との戦いでの活躍、まことに見事であった。そなたの戦術は、我が騎士団の常識を覆すものだ。そこで新たな任務を命じようと思う」
国王の言葉に、俺は背筋を伸ばした。新たな任務。それは、俺のFPS知識が、この王都でどこまで通用するのかを試す、絶好の機会だ。
「試しに王都騎士団の訓練をそなたに一任することにした。我が騎士団をその戦術で鍛え上げ、最強の部隊にしてみせよ」
「そこで実力を示せば、いずれ全軍の訓練を任せてもよい」
国王の言葉に、周囲の貴族たちがざわめいた。特に、騎士団長らしき男は、露骨に不満そうな顔をしている。辺境の若造に、自分たちの訓練を任されるなど、プライドが許さないのだろう。だが、国王の命令は絶対だ。彼らは不満を押し殺し、渋々といった様子で頭を下げた。
(思っていたよりも良い流れだ…。これで俺の『訓練モード』を始められる。まずは、この古臭い騎士団を、最強の『チーム』に改造してやる)
俺の心は、新たな「ゲーム」の始まりに、高揚していた。
翌日から、俺は王都の騎士団の訓練場に顔を出した。広大な敷地には、鎧をまとった騎士たちが剣を振るい、魔法の訓練に励んでいる。彼らの個々の技量は高い。だが、俺の目には、彼らがまるでバラバラのユニットに見えた。連携も、戦術も、まるでなっていない。
「今日から、お前たちの訓練を指揮する、レナード・アルバートだ」
俺が自己紹介すると、騎士たちは一様に不満そうな顔をした。無理もない。彼らは王国の精鋭だ。そんな彼らが、辺境の若造に訓練をつけられるなど、プライドが許さないのだろう。
「いいか、お前たち。これからの訓練は、今までとは違う。俺が教えるのは、この世界の常識にはない『戦術』だ」
俺は、騎士たちにFPSの基本戦術を叩き込み始めた。まずは『クリアリング』。角から覗き込む際の体の使い方、視線の動かし方。次に『カバーリング』。味方が攻撃を受けている間に、別の味方が援護に入る動き。そして『フォーメーション』。常に有利な位置を確保し、敵を挟み撃ちにするための隊形。
「おい、レナード! その『クリアリング』とやらで、一体何が変わるというのだ! 敵は正面から斬り伏せればよいではないか!」
騎士団長が、不満げに声を上げる。彼の言うことは、この世界の常識からすれば正しい。だが、俺の常識からすれば、それはただの無謀だ。
「騎士団長殿。正面から突っ込むのは、私の戦術で言えば『突撃兵』の役割です。ですが、それだけでは勝てません。時には『偵察兵』のように敵の情報を集め、『狙撃兵』のように遠距離から敵を排除し、『支援兵』のように味方を援護する。それぞれの役割を理解し、連携することで、初めて部隊は強くなるんです」
俺は、騎士団長にFPSのロール(役割)について説明する。騎士団長は、眉間にしわを寄せ、難しい顔をしている。理解できていないのだろう。だが、そんなことはどうでもいい。俺は、俺のやり方で、この騎士団を最強の『チーム』に改造してみせる。




