王都への道
山賊討伐、そしてヴァルクス帝国との国境紛争での勝利。
俺、高槻レン…、いや、レナード・アルバートの活躍は、瞬く間に王都まで伝わったらしい。
「レナード様、王都からです」
ガロウが持ってきた手紙、それは国王陛下直々の召喚状だった。金箔の施された豪華な封筒に、王家の紋章が輝いている。
(マジか、まあ来るとは思っていたが…)
これは予想していた展開だが、実際に来るとドキドキする。王都、か。新しいステージだな。すぐに出発の準備をしなければ。
出発の前日カイが俺を訪ねてきた。
「レン、俺たちも一緒にと志願したんだが、上の許可がおりなかった…」
カイが悔しそうに言ってきた。元影の守護隊のメンバーは、上の許可がおりない、つまりは兄達が王都で俺が活躍できないように同行を許さなかったのだ。
奴らにとってはアルバート家が再興できず没落していくことより、俺が王都で活躍する方が嫌らしい。
「仕方がないさ、カイ、アルバート領の守りを頼む。お前になら任せられる」
「ああ、任せろ。俺もお前が王都で活躍するのを楽しみにしてる!」
出発の日、馬車に乗り込もうとする俺の手をリシアが名残惜しそうに握ってきた。
「お兄様、王都に行っても、早く帰ってきてくださいね」
リシアの小さな手が震えている。心配してくれてるんだな。俺は優しく頷き、その頭を撫でた。
「大丈夫だ、リシア。すぐに戻ってくる」
その光景を、父と兄たちは冷たい視線で見つめていた。相変わらずだな、あいつら。
(まあ、いちいち気にしてる暇はない)
それに王都にはきっと、もっとデカい「獲物」がいるはずだ。新しいボス戦が待ってる。
リシアは、俺の旅立ちを寂しそうに見送ってくれた。小さな妹の心配そうな顔を見ると、ちょっとだけ心が痛む。
だがこれもアルバート家のためだ。そう自分に言い聞かせ、俺は馬車に乗り込む。
その馬車には、もう一人、奇妙な同乗者がいた。
姫騎士セリナ・ヴァルクス。
捕虜の身でありながら俺と共に王都へ向かうことになったのだ。護衛の騎士たちも、この状況に困惑しているのが見て取れる。
「レナード様、本当にこの者を連れて行かれるのですか?」
騎士の一人が心配そうに聞いてくる。
「ああ、問題ない。彼女は俺の護衛だ」
そりゃそうだ、敵国の姫騎士と、辺境の貴族が仲良く馬車旅なんて、普通じゃありえない。父や兄たちも当然反対した。だが俺はセリナを連れて行けないなら王都には行かないと、強引に押し切った。
屋敷に捕虜として留めておいた場合、父と兄達にどうされるかわからない、というのも理由としてはあったが、なにより彼女は貴重な戦力で、これからの戦いを共に勝ち抜いていく「パートナー」だ。連れて行かないなんてありえない。
当面は正体は明かさず、護衛の騎士という事にして側におくことにした。
「よろしく頼むぞ、セリナ」
「...ああ」
セリナは素っ気なく答えるが、その目には複雑な感情が宿っていた。
王都への道中、セリナは静かに俺を観察していた。
馬車の中で、俺が窓の外を眺めていると、突然セリナが口を開いた。
「貴様の家族は、貴様に嫉妬している。なぜ、お前は何も言わないのだ?」
セリナの突然の問いに、俺は肩をすくめた。
「俺は、彼らの望む『レナード』じゃない。だから、彼らがどう思おうと、俺には関係ない」
正直な気持ちだった。元のレナードの記憶はあるが、俺は高槻レンだ。彼らの期待に応える義理はない。
その言葉に、セリナの表情が険しくなった。
「貴様は、家族というものを、何だと思っているのだ!」
セリナが激しい口調で言った。
「家族とは、互いに助け合い、支え合うものだろう!お前は、自分のことしか考えていないのか!」
セリナの言葉は、俺の心を鋭く突き刺した。
前世で、家族や仲間との絆を失った俺にとって、その言葉は重かった。ディスプレイの前で一人孤独に死んだ、あの日のことが脳裏をよぎる。
「...お前には、俺の気持ちは分からない」
俺は思わず呟いていた。セリナは言葉を失った。彼女の表情に、後悔の色が浮かんでいる。
(しまった、言いすぎたかもしれない…)
その後、馬車の中は無言が続いた。気まずさが充満する中、俺はどうして良いかわからなかった。
その夜、野営地で俺が一人、薪を焚べているとセリナが隣に座った。
「さっきはすまなかった。貴様の過去を知りもせず、不用意なことを言ってしまった」
セリナの謝罪に、俺は少し驚いた。この姫騎士が謝るなんて珍しい。
「いや、いい。お前の言う通りだ。俺は、自分勝手かもしれない」
俺は、自分がこの世界に転生して以来、自分の目的しか考えていなかったことに気づいた。大切なものを守りたいと言いながら、目の前の家族を、まるでゲームのNPCのように扱っていたのだ。
「俺は、この家を、アルバート家を、俺のホームだと思いたい」
「だが、どうすればいいのか分からないんだ」
弱音を吐いた。こんなこと、誰にも言ったことがない。
セリナは静かに耳を傾けた。そして、ゆっくりと口を開いた。
「貴様の戦術で、彼らの心を変えてみせろ」
「え?」
「貴様が、彼らの常識を打ち破ったように、貴様の力で、彼らの心を動かすのだ」
セリナの言葉は、俺の心に新たな光を灯した。そうだ、この世界に転生した俺には、FPSで培った「戦術」がある。その戦術は、戦場だけでなく、いつか家族の不和をも解決できるかもしれない。
「...ありがとう、セリナ」
俺は心から言った。
「礼を言われる筋合いはない。私は、ただ...」
セリナが言葉を濁す。その横顔が、炎に照らされて美しく見えた。
(この姫騎士、意外といい奴じゃないか)
翌日、馬車の中で、俺は退屈しのぎにセリナと話していた。
「貴様、本当に王国の貴族なのか?そのような粗野な言葉遣い、王宮では許されぬぞ」
セリナは、あの晩以来、俺の独り言にいちいち突っかかってくる。だが、それがまた面白い。
「いちいちうるせーな」
聞こえるようにわざと大きめに呟く。
「それより、セリナ。お前、この世界の『クリアリング』ってどうやってんだ?」
俺は何気なくFPS用語を使った。
「クリアリング?何だそれは。貴様の故郷の奇妙な言葉か?」
セリナが首を傾げる。その反応が面白くて、俺はニヤリと笑った。
「だから、あれだよ。角から覗き込む時とか、敵がいないか確認するやつ。ほら、こうやって、弓を構えて、ゆっくり...」
俺は身振り手振りで説明するが、セリナは首を傾げるばかりだ。彼女の真剣な顔が、俺のFPS用語に翻弄されているのが、なんだかおかしくて笑いがこみ上げてくる。
「貴様、私をからかっているのか!?」
セリナが怒った声を上げる。
「戦場にそのような小細工は不要!正面から堂々と戦えばよいのだ!」
「いやいや、それが大事なんだって」
俺は笑いながら続ける。
「あと、『ヘッドショット』とか『リロード』とか、そういうのも...」
「ヘッドショット?リロード?意味が分からぬ!」
セリナの声がどんどん大きくなる。
「貴様は一体、何を言っているのだ!」
セリナは、ますます混乱していく。その反応が、また俺のツボにはまる。
(これは楽しいな)
王都までの道中、俺はセリナをFPS用語で翻弄し、彼女の反応を楽しむことにした。
「じゃあ次は、『フラグ』について説明するか」
「フラグ?また奇妙な言葉を...」
「これはな、死亡フラグとか、そういう...」
「死亡フラグ?貴様、私を呪っているのか!」
セリナが剣に手をかける。
「違う違う!そういう意味じゃなくて!」
俺は慌てて手を振った。
これはこれで、なかなか面白い「ゲーム」になりそうだ。
王都までの道のりは、意外と退屈しないかもしれない。
窓の外を流れる景色を眺めながら、俺は次のステージへの期待に胸を膨らませていた。