雲海への扉
守護者の残骸が静かに横たわる遺跡最深部で、俺たちは天井に現れた光の階段を見上げていた。虹色に輝く階段は雲の向こうへと続いており、まるで天国への道のように美しく光っていた。
「本当に登っても大丈夫なのでしょうか?」
カティアが不安そうに呟く。確かに、光でできた階段なんて信じられない光景だった。
「魔法で作られた実体のある階段のようですね、レナード様」
エレノアが階段を観察している。
「古代魔法の技術......数千年経っても機能し続けるなんて」
「お兄様、私が最初に試してみます!」
リシアが勇敢にも最初の一歩を踏み出す。もしもの時に備えてレンの手をしっかり握りながら慎重に足を階段にのせてみる。光る階段は確かに足を支え、ふわりとした感触だが安定していた。
「大丈夫です!ちゃんと乗れます!」
「それじゃあ、みんなで登ってみよう」
俺たちは慎重に光の階段を登り始めた。一歩一歩踏みしめるたびに、階段が優しく光って足を支えてくれる。まるで雲の上を歩いているような、不思議で幻想的な感覚だった。
「何という......こんなの初めて見ます」
アークヴァルドが興奮している。
「レナード、この魔法技術を現代で再現できたら......」
セレスティアらしい好奇心を燃やしている。
階段は螺旋を描きながらどんどん上へと続いている。登り続けること約十五分、ついに俺たちは階段の頂上にたどり着いた。
階段を登り切ると、そこには想像を絶する光景が広がっていた。
一面の雲海だった。
見渡す限り真っ白な雲が海のように広がり、まるで天国にいるような錯覚を覚える。雲はゆっくりと波打ち、時折雲の隙間から下界の景色がちらりと見えた。空は信じられないほど青く、太陽の光が雲海を銀色に輝かせている。
「うわあああ......すっごく綺麗です!」
リシアが感動で目を潤ませている。
「まるで天使の世界みたい......」
イリヤも息を呑んでいる。
「写真に撮って王都の人たちに見せたいわ」
カティアが夢見るような表情を浮かべている。
俺も言葉を失っていた。ゲームの世界でも、これほど美しい景色は見たことがない。雲海の向こう、遥か彼方にかすかに建物のような影が見える。あれがきっと天空宮殿だろう。
「あそこに見えるのが......」
「きっと天空宮殿ですね」
エレノアが手をかざして遠くを見つめている。
「しかし、どうやってあそこまで行くのでしょうか?」
確かに、雲海は美しいが、その先の宮殿までは相当な距離がある。歩いて行けるような距離ではない。
「雲の上は歩けるのかな?」
俺が恐る恐る雲に足を伸ばしてみると、足がすっぽりと沈み込んでしまった。雲は見た目とは違い、普通の水蒸気だった。
「だめだ、普通の雲だ」
「じゃあ、どうやって......」
みんなが困惑している時、セレスティアが足元の床を詳しく調べ始めた。
「レナード、この床......ただの石じゃない」
俺たちが立っている場所をよく見ると、確かに普通の石とは違っていた。魔法回路が刻まれた特殊な石材でできた、円形の広場のようになっている。
「この魔法回路の配置......何かの装置の一部みたいだね...」
セレスティアが職人らしい鋭い観察力で床を調べている。
「レナード様、こちらに何かあります」
エレノアが広場の端を指差している。そこには古代文字が刻まれた石碑があった。
「『雲海を渡りし者よ、古の船を求めよ。知恵の館にて、失われし技を学び、空への道を拓け』......」
「古の船?」
「知恵の館って何だろう?」
俺たちが首をかしげていると、リシアが広場の反対側で何かを発見した。
「お兄様、あそこに建物があります!」
見ると、広場の奥に小さな建物があった。まるで図書館のような形をしており、扉には古代文字で『知識の宝物庫』と刻まれている。
「ここが知恵の館かもしれないね」
俺たちは建物の中に入った。内部は予想通り図書館のようになっており、古代の書物や設計図が整然と並んでいる。
「すごい量の資料ですね」
エレノアが感嘆している。
「レナード、これを見ろ」
セレスティアが一つの設計図を指差す。そこには船のような形をした乗り物が描かれていた。しかし、普通の船と違い、底部に魔法陣が刻まれ、船体が宙に浮いているように見える。
「浮遊船......」
「『雲海渡航用浮遊艇』って書いてある」
エレノアが古代文字を読み上げる。
「基本的な操縦方法は記載されていますが......」
エレノアの表情が困惑に変わる。
「核心となる推進システムの詳細が記載されていません。『オルフィナの叡智により完成せり』とだけ......」
俺たちは必死に資料を読み込んだ。どうやら、この広場の地下に浮遊船の残骸が保管されているらしい。
「地下への入口は......」
広場を再度調べると、中央の魔法陣に特殊な仕掛けがあることが分かった。七人で同時に魔法陣の特定の位置に立つと、床が音もなく開いていく。
「おお......」
現れたのは、確かに船の残骸だった。しかし、かなり損傷が激しく、このままでは使えそうにない。
「ボロボロね......」
カティアがため息をつく。
「でも、構造は分かる」
セレスティアが目を輝かせている。
「設計図と実物があれば、外装部分は修理できるかもしれない」
それから俺たちの修理作業が始まった。
セレスティアが指揮を取り、みんなでそれぞれの得意分野を活かして作業を進めた。
「リシア、その魔法回路に光魔法を流してくれ」
「はい!【光の流れ】!」
リシアの魔法で、船体の魔法回路が少しずつ光り始める。
「エレノア、設計図と照らし合わせて、修理可能な部品をリストアップしてくれ」
「承知しました、レナード様」
エレノアが効率よく作業を進めている。
「カティア、イリヤ、船体の清掃を頼む」
「了解!」
二人が協力して、船体に付着した汚れや錆を丁寧に取り除いている。
「アークヴァルド、重い部品の運搬をお願いします」
「わかりました!」
俺は軌跡の刃のトレース・ビジョン能力を使って、魔法回路の損傷箇所を正確に把握し、セレスティアに報告した。
「ここの回路が断線してる」
「分かった。外部回路なら応急処理で繋げられる」
しかし、作業を進めるうちにセレスティアの表情が曇り始めた。
「レナード......問題がある」
「どうした?」
「船の中央部、推進システムの核となる部分が......理解できない」
セレスティアが船体中央の複雑な装置を指差す。そこには見たこともない形状の魔法回路が組み込まれており、どのような原理で動作するのか全く分からない。
「この部分だけ、まったく違う技術が使われてる。現代の魔法理論じゃ解明不可能だ」
「でも、壊れてはいないようですね」
エレノアが詳しく調べている。
「魔力を感じます。まだ機能しているようです」
「つまり......」
「核心部分は触らずに、周辺の損傷部分だけ修理すれば動く可能性があるってことだ」
セレスティアが決断する。
「危険だが、やってみる価値はある」
作業を続けること約半日。ついに浮遊船の修理が完了した。
「動くかどうか試してみよう」
セレスティアが恐る恐る船の制御台に手を置く。すると、謎の核心部分が青い光を放ち始め、船体全体がゆっくりと光り始めた。そして、ふわりと船が宙に浮上した。
「やった!浮いてる!」
リシアが手を叩いて喜んでいる。
「現実にこのような船があるなんて…本当に浮いています!」
アークヴァルドも興奮している。
浮遊船は全長約8メートル、幅3メートルほどで、俺たち7人が乗るには十分な大きさだった。船首は流線型で美しく、船体には古代の装飾が施されている。
「操縦方法は......」
エレノアが設計図を確認している。
「基本的な浮上・着陸は制御台で操作できるようですが......」
「でも、進路については特殊な仕組みがあるようだな」
セレスティアが困惑している。
「どうやら、この船は一度動き出すと、決められた航路しか進めないみたいだね」
「決められた航路?」
俺が首をかしげると、船の核心部分が再び光った。すると、俺たちの頭の中に映像が流れ込んできた。
雲海を渡り、天空宮殿へと向かう一本道の航路が見えた。
「なるほど......この船は天空宮殿専用の交通手段ってわけですね」
カティアが理解した様子で頷く。
「つまり、大きく進路変更はできないが、目的地には確実にたどり着けるということです」
エレノアが分析する。
「みんなで魔力を供給すれば、航海は可能そうだな」
セレスティアが満足そうに頷いている。
「それじゃあ、いよいよ天空宮殿に向かうのね」
カティアが遠くの宮殿を見つめている。俺は仲間たちを見回した。みんなの目には期待と少しの不安が混じっている。
「準備はいいか?この船は天空宮殿にしか行けない。引き返すことはできないぞ」
「はい!」
「もちろんよ」
「お兄様と一緒なら大丈夫です!」
みんなの返事を聞いて、俺は安心した。
「よし、それじゃあ出発しよう。天空宮殿へ!」
浮遊船がゆっくりと雲海の上に浮上する。核心部分が再び光ると、船は自動的に天空宮殿の方向へと向きを変えた。眼下には真っ白な雲海が広がり、遠くには目的地の天空宮殿が見えていた。
ついに、俺たちの空の旅が始まる。
風が頬を撫で、雲の匂いが鼻腔をくすぐった。この先にどんな冒険が待っているのか分からないが、仲間と一緒ならきっと乗り越えられるだろう。
浮遊船は静かに雲海を滑り始めた。一直線に、天空宮殿へと向かって。