隠された聖典の秘密
新しいヘテロジェニア連合の再建が始まって一週間。レンは、日々活気を取り戻していく街の様子に、安堵と、かすかな疲労を感じていた。
そんな彼らを、ルシファードが地下の書庫へ招き入れた。
書庫は、湿った空気と古書の匂いが混ざり合い、静寂に包まれていた。かすかな光が差し込む中で、ルシファードは一つの古い本棚の前で立ち止まる。
「君たちに、見せたいものがあるんだ」
ルシファードの声は、いつもより厳粛だった。彼の指が、棚の一角に置かれた聖典に触れる。
「戦いの最中に話す機会がなかったが、実は聖典にはまだ秘密がある」
レンの心臓が、微かに跳ねた。彼の視線は、ルシファードの手元に釘付けになる。リシアが隣で息をのむ音が聞こえた。
「隠された秘密って…?」
「そうだ。初代魔王、田中一郎が残した聖典には、表に書かれた内容以外にも、重要な情報が隠されている」
ルシファードが聖典を取り出し、ある特定のページを開いた。一見すると、何の変哲もない文章が並んでいるだけ。だが、レンの目が、文字の間に刻まれた、微かな印を捉えた。
「これは…」
エレノアが驚きの声を漏らした。
「暗号、ですね?」
「その通り。田中一郎は、重要な情報を暗号で隠していた」
ルシファードは、ポケットから特殊な水晶を取り出した。その水晶をページにかざすと、淡い光が文字の上を滑っていく。すると、まるで魔法のように、隠されていた文字が浮かび上がった。
「すごい!」
イリヤの目が輝いた。
「魔法の文字だ…」
カティアが身を乗り出す。
「何て書いてあるんですか?」
ルシファードは、厳粛な表情で読み上げた。
「『後の転生者へ。もし君がこの文字を読んでいるなら、世界に大きな危機が迫っているはずだ』」
レンは、全身に鳥肌が立つ感覚を覚えた。初代転生者が、自分のような存在を、百年以上も前に予見していた。まるで、時空を超えたメッセージを、直接受け取ったかのようだった。
ルシファードは、次のページをめくった。
「『この世界には「古の門」と呼ばれる、世界の理を司る古代文明の遺産がある。しかし、現在この門の歪みが広がりつつあり、このままでは世界の魔力バランスが崩壊する危険性を孕んでいる』」
セレスティアが眉をひそめた。
「古の門?聞いたこともねえな」
「聖典によれば、世界の根幹を支える存在らしい」
ルシファードは説明を続けた。
「この門の歪みが進行すれば、世界全体の魔力が暴走し、すべての種族が滅亡する可能性がある、と」
エレノアが青ざめて、口元を押さえた。
「そんな…」
ルシファードがさらに読み続けた。
「『転生者がこの世界に送られるのは偶然ではない。古の門の脅威に対処するための必然である。しかし、一人の力では不可能だ。すべての種族が協力しなければ、この危機は乗り越えられない』」
レンは、唇を噛みしめた。アークヴァルドとの戦いで証明された、仲間たちの絆の力が、今度は世界全体で求められている。
「最後に、こう記されている」
ルシファードが最後のページを開いた。
「『後の転生者よ、種族の垣根を越えた真の同盟を結べ。人間、魔族、獣人、そしてすべての知的生命体が手を取り合わなければ、古の門の脅威に立ち向かうことはできない』」
カティアが、震える声で尋ねた。
「つまり…世界的な危機が迫っているってこと、なんですか?」
ルシファードは、静かに頷いた。
「その通りだ。そして、その兆候は既に現れ始めている」
リシアが不安そうに尋ねた。
「兆候って…?」
「各地で報告されている異常現象だ」
ルシファードが、書庫の机に広げた地図を指差した。
「魔力の異常な集中や消失、気候の急激な変化、古代遺跡からの不可解な反応…これらはすべて、古の門の歪みが進行している証拠なんだ」
「最初は疑ったが、やはり間違いじゃなかった」
彼は、新しい資料を取り出した。
「アルバート王国、帝国、神聖王国、そして砂漠連合の各国で、同様の異常現象が報告されている。特に砂漠連合のアルバニア王国では、古代遺跡から謎の光が発せられているという報告がある」
ルシファードは、地図の上の点々を指差した。
「現地の学者たちも困惑している状況だ」
エレノアは、その話を聞き、深刻な表情になった。
「やはり、古の門の影響は世界規模で始まっている…」
ルシファードは、レンたちに、静かに問いかけた。
「種族を超えた真の協力で、この世界を守りましょう」
「そうですね」
イリヤが、希望を込めて答えた。
「みんなで力を合わせれば、きっとできます」
セレスティアが、力強く拳を握った。
「古の門の脅威なんて、俺たちが止めてやる」
「でも、そのためには…」
レンは、仲間たちを一人ずつ見つめた。
「初代転生者が言った通り、すべての種族との同盟が必要だ」
「世界的な同盟…」
エレノアが考え込んだ。
「確かに、一国だけでは対処できない規模の問題ですね」
ルシファードは、決意を込めて言った。
「それでは、真の同盟結成に向けて、動き出そう」
「はい」
リシアが、兄の手を握った。その手は、小さくても、レンに勇気を与えてくれた。
「私たちみんなで、世界を救いましょう」
こうして、古の門の脅威が明らかになり、世界を救うための壮大な計画が始まった。初代転生者の警告を受けて、真の種族間協力への道のりが開かれたのである。