新たな始まり
「戦いは終わりだ」
レンの言葉が響いた後、重い静寂が流れた。
アークヴァルドは祭壇に背を預けて座り込んでいる。かつての威厳は失われ、疲れ切った一人の魔族がそこにいた。
「本当に終わったんですね」
リシアがほっとしたように呟いた。
「ええ」
エレノアが治癒魔法で仲間たちの怪我を治しながら答えた。
「でも、これからが本当の始まりです」
ルシファードがアークヴァルドの前に膝をついた。
「アークヴァルド、君を処刑するつもりはない。でも、罪は償ってもらう」
「処刑しないのか?」
アークヴァルドが驚いたように顔を上げた。
「君も魔族だ。僕の民だ」
ルシファードが静かに言った。
「憎しみの連鎖を断ち切らなければ、何も変わらない」
アークヴァルドは長い間ルシファードを見つめていた。やがて、小さくため息をついた。
「お前は、優しすぎる」
「それが弱さだと思うか?」
「いや」
アークヴァルドが首を振った。
「それがお前の強さなのかもしれん」
「それより、街の様子はどうだ?」
レンが尋ねる。
「混乱してるけど、大きな被害はない」
部下からの報告を受けたルシファードが答えた。
「魔族も獣人も、みんなホッとしてる様子だそうだ」
「そりゃそうですよ」
カティアが頷いた。
「内戦の危機が去ったんですから」
ルシファードが立ち上がった。
「みんな、ありがとう。君たちがいなければ、この国は滅んでいた」
「いえ」
イリヤが首を振った。
「私たちも勉強になりました」
「勉強?」
ルシファードが首をかしげた。
「はい」
リシアが微笑んだ。
「お兄様がいつも言ってることの意味がよくわかりました」
「俺が言ってること?」
レンが困惑した。
「人の違いなんて関係ない、大切なのは心だって」
エレノアが説明した。
「今回の戦いで、それが本当だってことを実感しました」
レンは照れくさそうに頭をかいた。
「…大げさだな」
「大げさじゃありません」
カティアが真剣に言った。
「レナードさんの言葉で、この国が救われたんです」
ルシファードが小さく笑った。
「転生者らしい考え方だ」
「転生者?」
セレスティアが眉をひそめた。
「何だそれ?」
一瞬、場が静まり返った。レンは慌てて言い直そうとしたが、ルシファードが先に口を開いた。
「あー、それは昔話に出てくる存在のことだよ。異世界の知識を持つ者という意味だ」
「ああ、そういう意味か」
セレスティアが納得した。
「確かにレナードは変わった知識を持ってるもんな」
レンはルシファードに感謝の視線を送った。転生者の秘密は、まだ隠しておく必要がある。
「それより」
ルシファードが話題を変えた。
「これからのことを話し合おう」
「これから?」
リシアが首をかしげた。
「ヘテロジェニア連合の再建だ」
ルシファードが真剣な表情になった。
「今回の騒動で、まだまだ問題があることがわかった」
「確かに」
エレノアが頷いた。
「純血主義の考えを持つ魔族は、アークヴァルドだけじゃないでしょうし」
「そうだ」
ルシファードが祭壇の上の聖典を手に取った。
「だからこそ、この聖典の教えを広める必要がある」
「聖典の教え?」イリヤが興味深そうに尋ねた。
「初代魔王田中一郎が残した言葉だ」
ルシファードが聖典を開いた。
「『種族の違いは個性である。互いを尊重し、協力し合うことで、より大きな力となる』」
「すてきな言葉ですね」
カティアが感動した。
「でも、それを実現するのは簡単じゃないだろうね」
セレスティアが現実的に言った。
「長年の偏見はそう簡単には消えないよ」
「そうですね」
レンが考え込んだ。
「時間をかけて、少しずつ変えていくしかない」
「君たちに頼みがある」
ルシファードがレンたちを見回した。
「少しの間、この国に留まって、協力してもらえないか?」
「え?」
一同が驚いた。
「君たちのような存在がいれば、きっと変化の力になる」
ルシファードが続けた。
「特にレナード、君の考え方は多くの人に影響を与える」
レンは仲間たちを見回した。みんなの表情から、彼らも同じことを考えているのがわかった。
「みんなはどう思う?」
レンが尋ねた。
「お兄様が決めることです」
リシアが微笑んだ。
「私はお兄様についていきます」
「私も同じです」
エレノアが頷いた。
「面白そうじゃないか」
セレスティアが興味深そうに言った。
「国づくりなんて滅多にできる経験じゃない」
「私も賛成です」
カティアが手を挙げた。
「イリヤは?」
レンが最後に尋ねた。
「はい」
イリヤが嬉しそうに答えた。
「この国で、みんなと一緒に頑張りたいです」
レンは決意を固めた。
「わかった。協力しよう」
「ありがとう」
ルシファードが深々と頭を下げた。
「でも」
レンが付け加えた。
「俺たちなりのやり方でやらせてもらう」
「もちろんだ」
アークヴァルドが立ち上がった。
「私も、協力したい」
「アークヴァルド?」
ルシファードが驚いた。
「償いの意味もある」
アークヴァルドが真剣に言った。
「自分が壊そうとしたものを、今度は一緒に作りたい」
「本当にいいのか?」
レンが念を押した。
「ああ」
アークヴァルドが頷いた。
「君たちから学びたいことがある」
地下室に温かい雰囲気が流れた。敵同士だった者たちが、今は同じ目標に向かって歩み始めようとしている。
長い戦いが終わり、新たな挑戦が始まろうとしていた。種族を超えた真の共生国家を作る、壮大な物語の幕開けだった。