アークヴァルドの狂気
「黙れ、雑種が!」
アークヴァルドの言葉が、地を這うように響いた。彼の全身から、暗く淀んだ魔力が渦巻いていく。その魔力は、ただの魔法とは全く違う、純粋な破壊の意志を秘めていた。
祭壇の前に立つアークヴァルドは、まるで世界の終わりを告げる悪魔のように見えた。
レンは咄嗟に仲間たちの前に躍り出た。
「みんな、散開しろ!」
彼の声には、張り詰めた緊張感が含まれていた。FPSゲームで培った危険察知能力が、アークヴァルドの魔法が持つ圧倒的な危険性を警告していた。
アークヴァルドの放った魔法が、レンの背後の祭壇を直撃する。凄まじい轟音と共に、石が粉々に砕け散った。その破片が、リシアの頬をかすめた。
「きゃあ!」
リシアの小さな悲鳴が響き、レンは血の気が引くのを感じた。
「リシア!」
彼は妹を庇いながら叫んだ。
「イリヤ、防御魔法を!」
イリヤは、レンの指示に従って素早く詠唱を始める。彼女の美しい声が、祈りのように響き渡る。
「聖なる光よ、我らを守り給え!」
光の障壁が一行を包み込んだ瞬間、アークヴァルドの部下たちが、まるでこの時を待っていたかのように一斉に攻撃を仕掛けてきた。
彼らの目には、先ほどの浄化の光の痕跡は残っておらず、再び狂信的な光が宿っていた。
アークヴァルドは、レン達を冷ややかに見つめ、嘲笑した。
「感動的な友情だな。だが、それもここまでだ」
彼の心は、レンたちの絆を理解できず、ただ軽蔑していた。
ルシファードは、アークヴァルドに問いかけた。
「アークヴァルド…なぜそこまで純血にこだわる? 魔族も人間も、本質は同じじゃないか」
彼の言葉には、アークヴァルドを救いたいという、切ない願いが込められていた。
しかし、アークヴァルドは、その言葉を嘲笑で一蹴した。
「本質が同じ? ふざけるな。我々魔族は選ばれた種族だ。人間などという下等生物と一緒にするな」
彼の言葉には、深い差別意識が根付いていた。それは、彼が何年もかけて築き上げてきた、歪んだ思想の結晶だった。
「下等生物って…」
リシアが、震える声で憤慨した。
「他の種族だって、みんな必死に生きてるのに…」
彼女は、自分の兄が「下等生物」と罵られることに、胸が張り裂けそうだった。
「黙れ、小娘」
アークヴァルドの部下が、リシアに向かって魔法を放つ。
レンは、リシアを庇うように一歩前に出て、『軌跡の刃』を発動させた。彼は、魔法の軌道を予測し、素早く刃で防いだ。その後、彼は地面を蹴って跳躍し、部下の魔法杖を叩き落とした。
(さっきから、うちの大事な妹に何してくれてんだ、お前…)
レンは殺気を放ってアークヴェルドを睨みつける。
「すげえ…」
部下が驚愕の声を上げた。
「魔族じゃないのに、なんて動きだ…!」
「そうじゃない」
レンは、着地しながら言った。
「種族がなんであるかは関係ないんだ」
彼の言葉には、自分が人間であることへの誇りが込められていた。
エレノアが、レンの動きを見て感心したように呟いた。
「レン様の動き、まるで未来を予測しているかのようですね」
「FPSで鍛えた反射神経だ」
レンは、仲間たちにだけ聞こえるように、小さく答えた。もちろん、この世界の住人には「戦術ゲーム」の知識として説明してある。
アークヴァルドは、レンの動きに苛立ちを感じ、魔力を高め始めた。
「小細工を…本気を出してやる」
彼の声には、本物の怒りが込められていた。
「みんな、気をつけろ」
ルシファードが警告した。
「奴の本当の力はこんなものじゃない」
アークヴァルドの身体が、黒いオーラに包まれ始めた。それは、魔族の原初の力であり、人間では到底太刀打ちできないレベルの魔力だった。
彼の瞳は、もはや理性を持たない、純粋な破壊の光を放っていた。
「これが純血魔族の真の力だ」
アークヴァルドが咆哮した。
「雑種どもには理解できまい!」
「理解する必要はない」
レンが決然と言った。
「間違ったことは間違ってるんだ」
「レン様…」
エレノアが心配そうに声をかけた。
「あの魔力、尋常じゃありません…」
彼女の顔は、恐怖で青ざめていた。
レンは、エレノアの言葉に笑顔で応えた。
「大丈夫だ」
彼は振り返って、仲間たちに微笑んだ。
「俺たちには作戦がある」
「作戦?」
イリヤが首をかしげた。
レンは、素早く指示を出した。
「多方向からの同時攻撃だ。敵を混乱させて、連携で立ち向かう。リシア、イリヤ、左右に分かれて敵の注意を引け。カティア、エレノア、俺とルシファードの後方支援を頼む」
「でも、お兄様…」
リシアが不安そうに言った。
「あんな強い魔力に立ち向かうなんて…」
レンは、リシアの肩に手を置いた。
「一人じゃ無理だ。でも、みんなでなら…」
彼の言葉には、仲間を信じる強い気持ちが込められていた。
「俺はリシアの成長を見てきた。もう一人前の魔法使いだ」
リシアの目に、決意の光が宿った。
彼女は、レンの言葉に勇気づけられた。
「わかりました、お兄様」
「よし、作戦開始だ」
レンの合図と共に、四人とルシファードが一斉に動き出した。リシアとイリヤが左右に散開し、アークヴァルドの部下たちの注意を引く。
「こっちよ!」
イリヤが魔法を放った。
「こちらもです!」
カティアも別の方向から攻撃する。
アークヴァルドの部下たちは、一点集中で攻撃していたのが、突然多方向からの攻撃に変わったため、混乱し始めた。
「これが各個撃破の逆パターンか」
ルシファードが感心した。
「敵を分散させて、こちらが連携で立ち向かう…面白い」
「そういうこと」
レンが頷いた。
「リシア、今だ!」
「はい! 聖なる光よ、闇を払い給え!」
リシアの魔法が、アークヴァルドの黒いオーラと激突した。魔力同士がぶつかり合い、周囲全体が震動する。
「ちっ」
アークヴァルドが舌打ちした。
「小賢しい真似を…」
しかし、その隙にレンとルシファードが接近していた。
「今だ、ルシファード!」
「ああ!」
二人の連携攻撃が、アークヴァルドを襲った。しかし、アークヴァルドは咄嗟に防御魔法を展開し、攻撃を弾き返す。
「甘いな」
アークヴァルドが反撃に転じた。
「所詮は雑種の浅知恵よ…」
強力な魔法が、レンとルシファードを襲う。二人は咄嗟に回避したが、アークヴァルドの魔力は圧倒的だった。
「くそっ…」
レンが歯噛みした。
「思った以上に強い…」
「レン様、無茶はダメです」
エレノアが治癒魔法をかけながら言った。
「でも、ここで引くわけにはいかない」
レンが立ち上がった。
「あいつの野望を止めるんだ」
アークヴァルドが勝ち誇ったように笑った。
「どうした? もう終わりか?」
「まだです!」
リシアが前に出た。
「お兄様を倒すなんて、絶対に許さない!」
「リシア…」
レンが心配そうに見た。
リシアは、レンを振り返って微笑んだ。
「お兄様、私たちを信じてください。みんなで力を合わせれば、きっと勝てます」
イリヤも頷いた。
「そうです。一人では無理でも、みんなでなら…」
エレノアが杖を構えた。
「私たちの絆を侮ってはいけませんね」
レンは、仲間たちの成長を実感した。いつの間にか、彼女たちは、ただ守られるだけの存在ではなく、頼もしい仲間になっていた。
「そうだな…」
レンが笑顔を見せた。
「みんなでやろう」
ルシファードも、剣を構え直した。
「最後の勝負だ、アークヴァルド」
再び張り詰めた緊張が走った。純血主義の狂気と、友情の絆。どちらが勝利を掴むのか。真の決戦が、今、始まろうとしていた。