同盟の結成
地下書庫での衝撃的な発見から一日が経った。レンは、緊急会議室で、仲間たちと向き合っていた。聖典に記された「古の門」の警告が、彼の頭から離れない。
「古の門の脅威を各国に伝える必要がある」
レンの声は、張り詰めていた。時間は残されていない。そう直感していた。
「でも、問題があります」
エレノアが、困ったように眉を下げた。
「これまで、ヘテロジェニア連合は人間諸国と隔絶してきました。いきなり連絡しても、信用されるでしょうか?」
「確かにそうだな」
ルシファードが頷く。
「魔族からの突然の警告は、むしろ疑念を招くかもしれない…」
レンは、腕を組み、考え込んだ。どうすれば、この切迫した状況を伝えられるだろうか。その時、彼の頭に、一つの考えが閃いた。
「それなら、俺が各国に戻って直接説明する」
レンの提案に、リシアが顔を曇らせる。
「お兄様が? でも、一人で全部回るのは大変だよ」
「大丈夫だ。分担しよう」
レンは、テーブルに広げた地図を指差す。
「俺はアルバート王国へ。エレノアは、情報網を使って帝国と神聖王国に資料を送る」
「砂漠連合はどうしますか?」
エレノアが尋ねた。
レンは、眉をひそめた。
「そこが一番難しい。砂漠の民は独特の価値観を持っているから、単純な説明では納得してもらえないかもしれない…」
(それに…何より俺は行ったこともなければ、砂漠の民にあったこともない。俺の言うことを信じてくれるかどうか…)
セレスティアが、技術資料を整理しながら言った。
「砂漠連合は実利主義が強い。目に見える利益がないと、動きたがらない傾向がある。俺の魔導技術なら、砂漠地域でも役に立つはずだ。水の確保とか、砂嵐対策とか…」
「それは良い案ですね」
イリヤが、セレスティアの言葉に賛成した。
「でも、まずは他の国々から始めましょう」
こうして、各国への説得工作が始まった。レンは、転生前の故郷であるアルバート王国に戻り、エドワード国王に直接報告した。エレノアは、慎重に選んだ信頼できる情報ルートを通じて、帝国と神聖王国に詳細な資料を送付した。
一週間後、各国の返答が届き始めた。エレノアが、最初の報告書を手に、レンの元へやってきた。
「まずはアルバート王国からです。エドワード国王は、事態を深刻に受け止め、全面的な協力を約束してくださいました」
「さすが、レンの故郷だな」
セレスティアが、レンの肩を叩いて感心した。
「帝国はどうですか?」
カティアが、期待を込めて尋ねた。
「アドルフ皇帝は慎重ですが、セレスティアさんの技術データに強い関心を示しています。『脅威が事実なら協力する』との返答です」
(セリナが働きかけてくれたんだろうな…)
レンは、いつかまた会おう、と帝国に戻っていった彼女のことを思った…。
エレノアは、続けて報告した。
「神聖王国の大司教も、『神の意志として協力すべき』と宣言しました。カティアさんの説明が非常に効果的だったようです」
リシアが、嬉しそうに飛び跳ねた。
「やった! 三国とも前向きなんだね!」
「ところが…」
エレノアが、困った表情を見せた。
「砂漠連合だけは反応が違います」
レンは、身を乗り出した。
「どう違うんだ?」
「アルバニア王国のアリシア王女からの返答です」
エレノアは、手紙を読み上げた。
「『抽象的な脅威論では、砂漠の民は動かない。具体的な利益と確実な証拠がなければ協力は困難』とのことです」
「利益か…」
ルシファードが、顎に手を当てて考え込んだ。
「それだけではありません」
エレノアが、さらに続けた。
「『砂漠連合には古代遺跡の専門家がいる。彼らが実際に現象を確認するまでは信用できない』とも書いてあります」
エレノアは、その手紙をテーブルに置き、分析した。
「つまり、砂漠連合は学術的な検証を重視するということです」
セレスティアが頷いた。
「砂漠の民らしい慎重さだ。確実でないものには手を出さない」
「でも、時間がない…」
レンは、焦りを感じていた。
「古の門の歪みは進行しているんだ」
ルシファードが、一つの提案をした。
「それなら、まずは協力的な三国で暫定的な同盟を結ぼう。砂漠連合は、後から説得すればいい」
「暫定同盟ですか」
イリヤが、ルシファードの言葉を反芻した。
「そうだ。アルバート王国、帝国、神聖王国、そしてヘテロジェニア連合の四者同盟から始めよう」
数日後、各国の代表による書面での同盟締結が行われた。魔族領域に人間の要人が来ることはできないため、特別な魔法通信を使った遠隔会議形式での調印となった。
「歴史的な瞬間ですね」
エレノアが、感動に打ち震える声で言った。
「魔族と人間の初の正式同盟です」
「でも、まだ完全じゃない」
レンは、遠く、砂漠の方角を見つめた。
「砂漠連合が加わらなければ、真の世界同盟とは言えない…」
「砂漠連合の説得は、難しそうですね…」
カティアが、レンの隣で心配そうに呟いた。
「だからこそ、直接行って説得する必要がある」
レンの瞳には、強い決意の光が宿っていた。
「直接?」
リシアが驚いて、レンの顔を見つめた。
「そう。砂漠連合の首都、アルバニア王国に行って、アリシア王女と古代遺跡の専門家たちに、直接証拠を見せるしかないだろう」
ルシファードが頷いた。
「確かに、それが一番確実な方法かもしれない」
「でも危険ですよ」
エレノアが警告した。
「砂漠地域は環境が厳しいし、文化も大きく違います」
「だからこそ、行く価値がある」
レンは、静かに立ち上がった。彼の表情は、迷いなく、前だけを見ていた。
「古の門の脅威に立ち向かうには、すべての勢力の協力が必要だ」
「それに」
セレスティアが、技術資料を見せた。
「砂漠連合の古代遺跡の専門家なら、俺たちの技術を正しく評価してくれるはずだ」
「決まりましたね」
イリヤが、微笑んだ。
「みんなで砂漠に行きましょう」
こうして、暫定同盟は成立したものの、真の世界同盟のためには砂漠連合の説得が不可欠であることが明らかになった。
「準備を始めよう」
レンは、仲間たちを一人ずつ見回し、力強く言った。
「砂漠への旅の準備を」
「はい!」
リシアが、兄の手を握った。
「今度こそ、本当の世界同盟を作りましょう」
「砂漠か…」
セレスティアが、興味深そうに言った。
「新しい技術の実験場になりそうだな」
エレノアが地図を広げた。
「砂漠連合のアルバニア王国まで、約一ヶ月の旅になるわ。しっかり準備しましょう」
暫定同盟の成立により、古の門の脅威に対する戦いの第一歩は踏み出された。しかし、真の勝利のためには、まだ砂漠の民の理解と協力を得る必要があった。砂漠連合への旅が始まろうとしていた。




