『炎の姫騎士』セリナ・ヴァルクス
出兵の日、俺はガロウと共に、アルバート家の兵を率いて国境の最前線へと向かっていた。
リシアは、出発の際に涙を浮かべていた。「お兄様、どうかご無事で……」。その小さな背中を見送る俺の胸には、この健気な妹を守るという、新たな決意が宿っていた。もう、誰にも悲しい思いはさせない。
国境の最前線は、想像以上に荒廃していた。アークライト王国の騎士団は、ヴァルクス帝国の猛攻に晒され、疲弊しきっている。彼らの戦術は、依然として個人の武勇に頼る旧態依然としたものだった。それは、俺が屋敷の庭で見た、非効率な訓練そのものだ。帝国の組織的な波状攻撃の前には、まるで歯が立たないようだった。
兵士たちの士気は低く、誰もが敗北を予感しているかのような空気が漂っていた。
「レナード様、これが最前線です。見ての通り、我が軍は劣勢に立たされています」
ガロウが、苦々しい顔で現状を説明する。俺の視線の先には、ヴァルクス帝国の陣営が広がっていた。その中央に、一際目を引く存在があった。鮮やかな真紅の鎧を纏い、銀色の長剣を携えた、一人の女騎士。
「あれが……『炎の姫騎士』セリナ・ヴァルクスか」
彼女の存在感は異常だった。燃え盛る炎のような真紅の鎧。氷の女王を思わせるプラチナブロンドの髪。そして、全てを見透かすようなアイスブルーの瞳。彼女は、火魔法と剣術を組み合わせた高速戦闘で、王国軍の騎士たちを次々と打ち破っていく。その動きは、まるで嵐のようであり、一瞬の隙も与えない。彼女の周囲には、倒れた王国兵の屍が累々と築かれていた。
(なるほどな。確かに、これは厄介なボスキャラだ)
俺は、セリナの圧倒的な武力と、その戦い方に、ゲームの最終ボスのような強さを感じた。しかし、同時に、俺のゲーマー魂が疼き始めていた。この強敵を、どう攻略するか。その思考が、俺の頭の中を駆け巡る。
「ガロウ、兵士たちに指示を出せ。俺の指示通りに動くように、徹底させろ」
俺の言葉に、ガロウは驚いたように目を見開いた。この絶望的な状況で指揮を執ることがどういう事か古参の兵士であるガロウにはよく分かっていたからだ。
だが、ガロウは俺の戦術が山賊討伐でどれほどの効果を発揮したかを知っている。彼は迷わず指示に従うことを決めた。
「はっ! 承知いたしました、レナード様!」
ガロウは、アルバート家の兵士たちに、俺の指示を伝える。兵士たちは、再び困惑の表情を浮かべたが、ガロウの確固たる態度に、渋々ながらも従い始めた。
最前線の混乱をよそに、冷静に戦況を分析し、新たな戦術を構築していく。
(さあ、ゲーム開始だ。姫騎士さんよ、お前の常識は、俺のFPS知識でぶち壊してやる)
俺の瞳には、勝利への確信が宿っていた。それは、この異世界での、新たな戦いの始まりを告げる光だった。
アークライト王国軍の劣勢は明らかだった。ヴァルクス帝国軍の波状攻撃に、王国騎士たちは次々と倒れていく。指揮官たちは、ただ「突撃せよ!」と叫ぶばかりで、具体的な打開策を見出せずにいた。その光景は、俺の目には、まるで連携の取れていない初心者チーム(野良PT)が、熟練のプレイヤーに一方的に蹂躙されているように映った。
「ガロウ! アルバート家の兵は、あの丘の陰に展開しろ! 敵の側面を突く!」
指示を飛ばすと、ガロウはその言葉に迷いなく従い兵士たちを率いて丘の陰へと移動する。王国軍の指揮官たちは、アルバート軍の奇妙な動きに気づき、訝しげな視線を送るが、俺は彼らの視線を気にも留めない。
「魔法弓兵は、高所を確保しろ! 敵の弓兵を優先的に狙撃! 剣士は、敵の突撃を誘い込み、分断しろ!」
俺の指示は、従来の戦術とは全く異なるものだった。個々の兵士の役割を明確にし、地形を最大限に活用する。それは、まさにFPSにおける「マップコントロール」の概念そのものだ。
兵士たちは、最初は戸惑いながらも、俺の的確な指示に従ううちに、その効果を実感し始める。敵の攻撃が分散され、味方の被害が最小限に抑えられている。そして、何よりも、自分たちが「戦っている」という実感が、彼らの士気を高めていった。
ヴァルクス帝国軍の陣営では、セリナ・ヴァルクスが眉をひそめていた。彼女の部隊は、王国軍を圧倒していたはずだ。しかし、突如として現れた奇妙な動きをする部隊によって、彼女たちの連携が乱され始めていた。側面からの攻撃、高所からの正確な狙撃。それは、彼女が今まで経験したことのない、異質な戦い方だった。
「何だ、あの部隊は……!?」
「正面から正々堂々と戦わずに騎士としての誇りは無いのか!」
セリナは、その異質な戦術の源が、アルバート家の旗を掲げた小さな部隊にあることを瞬時に見抜いた。そして、その部隊の中心にいる、一人の少年――俺の姿を捉えた。俺の手にした魔法弓が、まるで精密機械のように、次々と敵兵を仕留めていく。
「ふざけるな! 卑怯者め!雑兵どもが、この私を出し抜こうなどと!」
プライドの高いセリナは、自らの戦術が翻弄されていることに激しい怒りを覚えた。彼女は、自ら愛馬を駆り、俺の部隊へと突撃する。火魔法を纏った剣が、王国兵を次々と薙ぎ倒していく。その圧倒的な個人技は、まさに「炎の姫騎士」の名に恥じないものだった。
「ガロウ! 姫騎士が来たぞ! 散開して、俺の指示を待て!」
俺の指示が飛ぶ。兵士たちは、セリナの圧倒的な力に怯むことなく、俺の指示通りに散開し、彼女の攻撃をかわしていく。セリナは、兵士たちがまるで手足のように動くことに驚きを隠せない。彼女の高速戦闘は、個々の兵士を打ち破ることはできても、連携する集団を崩すには至らない。
「貴様! 何者だ!」
セリナは、俺の前に立ちはだかった。その剣が、火花を散らしながら俺に迫る。俺は、魔法弓でセリナを牽制するが、彼女の高速移動と、魔法による防御で、なかなか有効打を与えられない。ガロウがセリナと剣を交えるが、その剣はセリナの圧倒的な速度と力に押され、苦戦を強いられていた。
(速い……! まるで、ラグのないプロゲーマーの動きだ。だが、隙がないわけじゃない)
セリナの猛攻は続く。彼女の剣は火を纏い、俺の周囲を焼き尽くさんばかりに振り下ろされる。
ガロウも必死に食い止めるが、その表情には疲労の色が濃い。俺はセリナの動きを冷静に分析していた。彼女の攻撃パターン、回避の癖、そして、一瞬の隙。FPSで培った「索敵能力」と「瞬時の判断力」が、この異世界で、最高の形で発揮されていた。
(見えた……! あの位置なら、一瞬だけ、無防備になる!)
彼女の攻撃は直線的で、回避行動もパターン化されている。そして、その高速移動には、わずかながらも死角が存在する!
「ガロウ! 次の攻撃で、右に一歩、踏み込め! その隙に仕留める!」
ガロウは、俺の言葉を信じ、セリナの剣を受け流すと同時に、指示された通りに右に踏み込んだ。セリナは、ガロウの予期せぬ動きに一瞬だけ体勢を崩す。その刹那、俺の魔法弓が火を噴いた。狙いは、セリナの足元。正確に放たれた魔法の矢は、彼女の足元に土煙を巻き上げ、バランスを崩させた。
「なっ……!?」
セリナが体勢を立て直そうとした瞬間、さらに指示を出す。
「ガロウ! 今だ! 剣を捨てて、抱きかかえろ!」
ガロウは、俺の奇妙な指示に一瞬戸惑ったが、迷うことなく剣を捨て、セリナに組み付いた。セリナは、まさか剣士が剣を捨てて組み付いてくるとは思わず、その動きに対応できない。その間に味方の強襲部隊がセリナを取り囲み武器を奪う。
俺は魔法弓の照準をセリナに合わせたままゆっくりと近づき、最後に一言、彼女に告げる。
「チェックメイトだ、姫騎士殿」
俺の言葉に、セリナは屈辱に顔を歪ませた。彼女のプライドは、ズタズタに引き裂かれただろう。まさか、こんな辺境の貴族の、しかも剣も魔法も使えない「役立たず」に、自分が敗北するとは。しかし、彼女の目には、俺への驚きと、わずかながらも興味が宿っていた。
「貴様……何者だ……?」
セリナの問いに、俺は不敵な笑みを浮かべた。
「ただの、FPSゲーマーさ」
ヴァルクス帝国軍は、姫騎士の敗北により撤退を余儀なくされた。王国軍は、俺の活躍により、予想外の勝利を収めることとなった。
戦いが終わり、セリナは捕虜としてアルバート家の屋敷に連れてこられた。帝国の姫騎士だ、身柄をおさえておけば何かの際には人質にもなる、そう判断され殺されることはなかった。
彼女は、俺に対し、依然として敵意を剥き出しにしていたが、俺は彼女を丁重に扱った。豪華な客室を与え、食事も最上級のものを出す。それは、彼女の気高さを認めている証でもあったのだが、セリナには逆効果らしい。
「貴様、私を侮辱する気か!?」
セリナは、俺の態度に戸惑いながらも、どこか居心地の悪さを感じていた。俺は、そんなセリナの態度に、少し困惑しつつも、面白さを感じていた。まるで、ゲームの攻略対象キャラクターが、予想外の反応を見せたかのように。
その様子を、リシアは複雑な表情で見つめていた。兄が、自分以外の美しい女性と親しく話している。しかも、その女性は、自分たちを襲ってきた敵国の姫騎士だ。リシアの胸には、兄への心配と、かすかな嫉妬心が芽生え始めていた。