リロード
高槻レンの人生は、灰色のディスプレイに映る無機質な戦場で終わりを告げた。いや、終わってしまった、と言うべきか。
かつて、彼は本気でプロゲーマーを目指していた。仲間たちとボイスチャットで声を枯らし、寝る間も惜しんで戦術を練り、画面の向こうの栄光を夢見ていた。目まぐるしく変わる戦況、一瞬の判断が生死を分ける緊張感、そして仲間と勝利を分かち合う高揚感。それが彼の世界のすべてだった。
だが、夢は脆くも崩れ去った。圧倒的な才能の壁、プロという世界の厳しさ、そして生活という現実。気づけば、かつての仲間たちは一人、また一人とディスプレイの前から去っていった。レンだけが、まるで呪いのようにFPSの世界に取り残された。
30歳になった今、彼はコンビニの深夜バイトで生計を立て、帰宅すれば惰性でゲームを起動するだけの、無気力な日々を送っていた。部屋には脱ぎっぱなしの服が散乱し、コンビニ弁当の容器が虚しく転がっている。その中央で、煌々と光を放つゲーミングモニターだけが、彼の唯一の居場所だった。
その日も、レンはオンラインのゲーム大会に参加していた。賞金が出るわけでも、スカウトが来るわけでもない、ただの深夜の野良試合。それでも、かつての情熱の残滓が、彼をディスプレイに縛り付けていくた。
「――レン、右! 右見てるか!?」
ヘッドセットから、焦ったような仲間の声が飛ぶ。しかし、レンの反応はコンマ数秒、遅れた。かつて神業とまで言われた彼の反射神経は、無気力な日常の中で鈍りきっていた。画面の中で、敵のアバターが放った閃光が弾け、レンの視界が真っ白に染まる。
『You are dead.』
無慈悲なシステムメッセージ。それが、彼のチームの敗北を決定づけた。
「……わりぃ」
かろうじて絞り出した謝罪の言葉は、誰の耳にも届かなかっただろう。仲間からの落胆のため息が、ヘッドセット越しに痛いほど伝わってくる。その瞬間、レンの胸を、まるで灼熱の鉄杭を打ち込まれたかのような激痛が襲った。
「ぐっ……ぁ……!?」
息ができない。心臓が、まるで万力で締め上げられるように軋む。視界が急速に暗転していく。歪むモニターの光の中で、彼は薄れゆく意識の片隅で思った。
(ああ、こんなところで、終わりか……)
プロゲーマーになる夢も、仲間との絆も、すべてを失った空っぽの部屋で、たった一人で。あまりにも、あっけない幕切れだった。
それが、高槻レンという人間の、最後の記憶だった。
(……ここは?)
意識が浮上する。瞼の裏で、柔らかな光を感じた。
ゆっくりと目を開けると、そこは見慣れない光景だった。高い天井から吊るされた、優美な装飾の天蓋。滑らかな手触りのシーツ。部屋の調度品は、どれもレンが今まで見たこともないような、アンティークなデザインで統一されている。豪華だが、どこか色褪せ、使い古された印象を受けた。
人は目覚めた時、天井が違うと、いつもと違う場所にいることに気がつく場合がある。レンも目覚めてすぐに、ここが自分の家ではないことに気づいた。
混乱のまま、自分の手を見る。白く、華奢で、明らかに自分の手ではない。慌てて体を起こすと、その体もまた、記憶にある自分のものよりずっと細く、若々しいものに変わっていた。
その瞬間、頭の中に奔流のように、膨大な情報が流れ込んできた。
「――レナード・アルバート」
知らないはずの名が、自分の名であるかのように、しっくりと馴染む。ここは魔法と騎士が支配する中世風の王国「アークライト王国」。そして自分は、その辺境に領地を持つ没落寸前の貴族、アルバート家の三男、レナード・アルバートに転生したのだと。
「レナード様、お目覚めですか」
ドアがノックされ、侍女らしき女性が入ってくる。彼女の目に宿るのは、敬意ではなく、侮蔑と憐れみが入り混じったような冷たい光だった。
「旦那様と奥様が、朝食の席でお待ちです。また寝坊などと、これ以上、あの方々を失望させないでいただきたいものですね」
侍女の言葉は、レナードの記憶にある家族からの評価を裏付けていた。
食堂へ向かうと、長いテーブルの上座に座る厳格な顔つきの父と、神経質そうな母、そして二人の兄が、すでに食事を始めていた。レナードの姿を認めると、父であるアルバート男爵が、忌々しげに舌打ちをする。
「なんだ、レナード。まだその寝ぼけ面を晒す気か。剣の才能もなく、魔法の素質もない。我が家の恥さらしめが」
「兄上たちを見習え。お前のような役立たずがいるから、アルバート家がますます侮られるのだ」
兄たちからの追い打ちの言葉が、突き刺さる。記憶の中のレナードは、この言葉に傷つき、ただ俯くだけだった。だが、今のレンの心には、別の感情が渦巻いていた。
(……なるほどな。これが、俺の新しいスタート地点か)
冷え切った家族関係、没落寸前の家。まさに、どん底からのスタート。だが、不思議と絶望は感じなかった。むしろ、空っぽだった心が、新たな目標で満たされていくような、奇妙な高揚感さえ覚えていた。
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