魔女と王
リリエルは泳いだ。
アイザックを助けるために。
海に飛び込むと、アクアが言ったように人魚に戻ったリリエルは物凄い速さで海を進む。
アイザックは沈んでいた。
意識を失い、ただ沈んでいた。
急いで海面に上がり、陸まで連れて行く。
「ほんとに、どんくさいんだからっ!」
悪態を吐きながらアイザックの身体を初めて助けたあの海岸に横たわらせる。
海水を多く飲んだのだろう。
また、息をしていなかった。
顔を上向かせ気道を確保。そして鼻をつまみ、息を吹き込んだ。
上下する胸を確認しながらときどき胸も押してみる。
「・・・はやく、起きなさいよぉっ!馬鹿っ!!」
なんでだろう、涙が溢れる。
少ししか一緒に居なかったし、ただのお財布代わりとしか思って無かったけど。
でも、いっぱい一緒に遊んでくれてアクアの次に出来た2番目の友達。
「・・・ぐっ・・ごほっごほ」
「アイザック!!」
はーと深く呼吸しながらアイザックが薄目を開く。
力なく片手をリリエルに伸ばしてきたので手を取り、安心させるように頬に当てて体温を分けてやる。
アイザックが笑う。
「・・・何笑ってんのよ。あんたなんか私が居なくちゃ2回は死んでるんだからね!!この馬鹿っ!!」
「・・・そうだな、ありがとう」
「っ!お、お礼なんて言っても駄目なんだからね!カナズチ男!」
「・・・泣いたのか?」
「!」
目元をそっと拭われてリリエルは真っ赤になってそっぽを向く。
「べ、別に泣いて無いわよっ!!馬鹿!ばかばかばかばか!!」
こんなにも怒っていると言うのにアイザックが嬉しそうに笑っているのが癪に障る。
その時。
ドォォォォォォォォォォン・・・っと物凄い音がして海の海水が噴水のように舞った。
そして聞こえて来る声。
「さぁさぁ!トリトン!いい加減観念して私のものになりなっ!」
「い、嫌だっ!それ以上近づくな、魔女めっ!!」
ドォン・・・ドォォン・・・とお互いに攻撃し合いながら追いかけっこのように海面を滑るのは魔女・アクアと海の王でリリエルの父・トリトン。
「この私がこぉんなにも口説いてやっているのになんで落ちないかねぇ」
「私が生まれる前からずっとそのままの得体の知れない魔女なんぞ誰が娶れるものかっ!」
「私は別に婿養子でもかまわないよ」
「ふざけるなぁぁぁぁあ!!!」
海の王者と海の大蛇の追いかけっこにアイザックは開いた口が塞がらない。
そんなアイザックの隣でリリエルが暢気な声を出す。
「あははは~。アクアまだお父様のこと好きだったんだぁ」
「お父様!?・・・ってお前その足・・・」
「アクア~!!がーんーばーれー!!!」
2人に合わせて海が荒れるのを、まるで街に来たパフォーマーでも見るようにリリエルが野次を飛ばしてみている。
アイザックはその度にびたん、びたんと揺れる尾ひれに釘付けだ。
恐る恐るその尾ひれに手を伸ばして触れる。
「ひゃぁ!な、何?!いきなり触んないでよ!」
尾ひれを守るように抱え込んだリリエルとリリエルの尾ひれに触れた手を凝視するアイザック。
・・・本物だ。
「お前、人魚なのか・・・?」
「はぁ?見たらわかるでしょ・・・あ!お父様捕まっちゃった!!」
「・・・・お願いだからもう少し隠してくれ・・・」
「あー!!アクアが押し倒した!!」
「・・・・・」
全く人の話を聞いていないリリエルにアイザックは大きなため息を吐いた。
とにかく頭の整理をしたかった、が。
そんな暇はなかった。
リリエルにいきなり抱きしめられたのである。
「・・・いきなりどうしたんだ?」
たとえリリエルが人外のものであったとしても、そこは惚れた相手。
抱きしめられて嬉しくないはずがない。
「ばか!アクアがお父様を押し倒したって言ったでしょ!?・・・しっかり掴まって無いとまた溺れるわよっ!」
「え?」と思ったときには津波に飲み込まれていた。
アクアがトリトンを押し倒した方向・・・つまり海岸に向かって津波が発生したのだ。
言われなくともアイザックは目の前のリリエルの細い腰に抱きつく。
衝撃に耐えながら、リリエルが安全な場所に向かって泳いでいくのがわかる。
目を開け、アイザックのために海上に向かって泳ぐリリエルを見た。
その姿は幻想的で、とても美しかった。
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「なんて迷惑なカップルなんだ・・・」
「そーお?面白くない?」
アクアとトリトンの攻防戦により嵐が起こっているのは2人が争っている一角だけだった。
岩場まで運んで貰ったアイザックは、その岩に手をついて嬉しそうに2人を見ているリリエルを見た。
その脳内は渦巻いていた。
リリエルが人魚だったなんて。
「国民になんと言えば・・・いや、いっその事正直に’妻は人魚だ’と宣言した方が良いか?・・・ああ、その方が守りやすい・・しかし珍しがって欲しがる輩がでるかもしれんな・・・」
「何ぶつぶつ言ってんのよ。気持ち悪いなぁ」
人魚でも全く気にしていないアイザックと人魚だと言う事がばれたのに全く気にしていないリリエル。
(だってお父様もばればれだし。私のせいじゃないもーん)
と、言うわけである。
暢気に観戦している2人とは裏腹に、アクア・トリトンの2人は壮絶な争いと・・・口喧嘩を繰り広げていた。
「いい加減に娘離れしたらどうだい?・・・リリーだって好きな男が出来て幸せなんだよ」
「み、認めんぞ!だいたいお前が可愛いリリエルを唆して陸までつれてきたんだろう!?」
「運命は必然なんだよ。物事は全て成るべくしてしか成らない。私が何もしなくてもこうなっただろうさ」
「そんな訳ないだろう!!リリエルは私と結婚するんだ!!」
「・・・・いい年してんだからさぁ」
「お前に言われたくなどないわっ!!」
ズガガ~ン・・・・と稲妻が水面に落ち、周りにいた魚に被害が及ぶ。
被害状況を見たアクアがくすりと妖艶に笑った。
「トリトン?」
「き、気持ちの悪い声を出すなっ!!・・・何と言われ様がお前を愛することなど不可能だ」
「でも、愛し合う2人を引き裂くのは、いけないことだよねぇ?」
「誰が愛し合っているものかっ!!」
またしてもズガーン・・・と雷が落ちる。
アクアはそれを難なく避け、目が血走っているトリトンに指を指して教えてやる。
「私達のことじゃないよ。あっちの2人のことさ」
「・・・?・・・・・!!!!?!!!?」
トリトンが目と口を開いて凝視する先にいたのは愛娘と悪い虫。
2人はこれでもか!と言うぐらいきつく抱きしめ合っていた。
余りの衝撃に動けないで居るトリトンの耳元に魔女の囁きが聞こえた。
「愛し合う者同士を引き裂くのかい・・・?」
「くっ!!!」
にんまりと笑うアクアの嬉しそうなこと。
いい加減うんざりしていたのだ。・・・いつまでたっても子離れしないトリトンに。
とくにリリエルには甘く、目に入れても痛くない、といった感じなのだ。
リリエルは素直でお馬鹿で嫌いではないが、長年トリトンを狙っている身としては1番の障害だった。
だから王子とリリエルをくっつけて、なんとしてもトリトンとリリエルを引き離したい。
「・・・ああ、ほら。あんなに強く抱き合って」
「ううっ!!」
若干涙声のトリトンは頭を抱え、動かなくなってしまった。
徐々に波が落ち着いてきて、ザザーン・・・ザザーンと波の音が聞こえ始めた頃。
トリトンはがばっと顔を上げ、今だ堅く抱き合うリリエルとアイザックに近づいた。
「あ!お父様!!これ・・・」
「リリエルっ!」
「!?」
泣くのを必死に我慢しているようなトリトンの表情にリリエルは驚き、言葉を飲み込んでしまう。
しかし、我慢出来ずにしかめっ面のままぼろぼろと泣き出してしまった。
「リリエルっ!幸せになりなさい!!」
「は!?」
リリエルは意味がわからなくて目を見開く。そしてトリトンはぎっとアイザックを睨んだ。
「不幸にしたら承知しないからな!!」
「はい、お父様」
なんだかよく分からないが認められたらしいアイザックは晴れやかな笑顔で答えた。
その隙にアクアがリリエルに一言。
「幸せになりな、リリー。・・・帰ってくるんじゃないよ」
「え!?」
アクアが首に下げていた小瓶の液体をリリエルの尾ひれにかけるとそれはまた、人間の足になる。
トリトンが腕を振れば2人は光に包まれ海岸まで運ばれていく。
「ええええええ~~~~!!??ちょっと、アクア!お父様っ!!!」
「リリエルぅぅぅう~~~~!いつでも帰ってきなさい・・・・!!」
「心配は要りません、お父様。必ず幸せにしてみせます」
男泣きするトリトンが見えなくなった海岸。
2人は今だ抱き合ったままだった。
「・・・一生このままでも良いかもしれんな」
動けるアイザックは抱きつくリリエルを抱え、城にすたすたと戻っていく。
急展開に頭の着いていかないリリエルは「!?」と頭に疑問符を浮かべつつ、叫んだ。
「誰か、これなんとかしてよォォォォォお~~~~!!!!」
リリエルはトリトンが放った雷に感電して筋肉が収縮し、たまたま抱き寄せようと絡み付いてきたアイザックに抱きついたまま固まってしまった。
まだ筋肉が言うことを聞いてくれず、離れることが出来ないで居たのだった・・・・。
電線の点検をするとき、必ず手の甲で触ります。
なぜか。
手の平で触ってしまうと、感電して手の筋肉が収縮します。
つまり、ぐーになっちゃうわけです。
電線握ったまま。
その人、感電し続けてレスキュー来たそうな・・・。
と、言うわけで電線には手の平で触れないように!!
(いつ触れるんだ?)




