お出かけ
食べ物屋さん、服屋さん、雑貨屋さん・・・。
塗装された道を行く。
湿気ないためか石作りの建物が多い。
青空に磯の香りが香る。
楽しい、楽しい、楽しい!
「すっごーい!!あ、何あれ!?あ!こっちも!!」
「おい!落ち着け!!」
ちょろちょろと動き回る小さなリリエルを大きなアイザックが追いかける。
リリエルの頭をがしっと掴んで動きを止めさせる。
片手で掴めた。・・・小さい。
頭も顔も体も全てが小作りで可愛らしい。
にも関らず胸は盛り上がり、小さい体に不釣合いなほど柔らかそうに揺れている。
アイザックとリリエルの身長差ではばっちりリリエルの谷間が見えるのだ。
健康美がばいーん!と出ている。
抱きしめたい・・・そう思ったが素直にそれをさせてくれる女ではないことはこの短い間に分かった。
「ちょっとぉぉぉぉぉ!!!いーたーいー!離してよ!野蛮人!!」
「はいはいはい・・・あまり動き回るな。迷子になったらどうする」
「どうもしない。帰る」
「・・・誰が帰すものか」
「ん、何か言った?・・・あ!アイザックぅー!あれ買って!!」
「・・・はいはい」
くるくると変わる表情は可愛らしいが休日子供の遊びに付き合う父親の気分だ。
飴細工の屋台に突進していくリリエルを追いかける。
「いらっしゃい!おお!これはこれは王子様!!なんです、デートですか!!」
店の親父ががははは、と笑う。
アイザックは幼いときから町で民と触れ合ってきたため、民はとても気安い。
アイザックもそれを望んでいる。
アイザックはリリエルを抱き寄せふふん、と笑った。
「そうだ。顔を良く覚えておけ。いずれ俺の妻に・・・おい」
「早く買ってよ!!はーやーくー!!」
非力な女に揺さぶられたくらいでどうもしないが、声がでかいし引っ張られて服が伸びまくっている。
民にまぎれるために簡素なものを身につけていたため、すぐによれよれになった。
店の親父がそんな2人を見てまたしても大口で笑う。
「がははは!王子様も大変ですなぁ!・・・お嬢ちゃん、どれが欲しいんだ?今回はおじさんの奢りだ!!」
「ほんと!?えーっと・・・じゃあ、これ!」
「お!お目が高いねぇ!それはイルカの形だよ!ほれ!食べな!!」
「え!?これ食べれるの!?」
大きな目をぱちぱちとさせてイルカの飴細工をしげしげと観察しだした。
くんくんと鼻をよせ匂いを嗅いでいる。
そして恐る恐る舌を伸ばした。
それを見ていたアイザックはごくりと生唾を飲み込む。
真っ赤な舌。
桜貝のような小さくて柔らかい唇からちょっとだけ出された可愛らしい、舌。
舐めて絡めて吸いたい。
それはもう、釘付けになっていた。ガン見だ。
ぺろっと飴を一舐めしリリエルがびくっと震え、アイザックを見上げて、店の親父を見た。
「おいしぃぃぃぃぃぃぃい!!!これ、おいしい!!あまーい!あむあむ」
「お!そーかい!!またおいで!!」
「うん!」
ご機嫌になったリリエルは飴をぺろぺろと舐めながら、空いた手でアイザックと手を繋いだ。
いつもはくっつくことを嫌がるリリエルだが、現金なもので機嫌が良くなると過度にくっついてくる。
こうなればこっちのものだ。
大抵の事は許される。
アイザックは広場の噴水にリリエルを促した。
噴水の前に設置されたベンチに座り膝の上にリリエルを乗せる。
リリエルは飴に夢中でアイザックの膝の上に座ることを嫌がる様子はない。
膝の上の柔らかな感触に満足し、もっと欲が出る。
後ろからリリエルの腹に腕を回す。
(・・・なんて細いんだ)
小さくて、細くて。
少しでも力を入れるときっと折れてしまうに違いない。
そのままリリエルの首筋に顔を埋めるとリリエルが嫌がった香水の香りがふわりと香り、アイザックをどうしようもない気持ちにさせた。
するとリリエルがふふ、と笑った。
「何?くすぐったい。あ、そっか。アイザックもこれ欲しいんでしょ?いーよ、ちょっとだけね!」
はい!と飴を差し出してきた。
その笑顔には一点の曇りもない純粋なもの。
・・・可愛い。
腰を捕らえたまま、顔を近づけて飴を舐める。
「・・・甘いな」
「でしょ!おいしーね!」
にこっと振り返ってきたリリエルの口元を見ると飴でべたべたになっていた。
リリエルの小さな頭を捕らえ、今度は飴に濡れる小さな桃色の唇を舐めた。
・・・甘い。
「ん~!いきなり何?!」
「・・・口が飴でべたべただぞ。綺麗にしてやる」
「え~いいよ~!!くすぐったいって!!」
くすぐったくて逃げようとするが頭を包むように支えられているため動けなかった。
くすくすと笑いながら自分の唇を舐めるアイザックから逃れようとアイザックの口に手を当てて防いだりしている。
傍から見たらバカップル以外の何者でもない。
今ならいける、とアイザックは思った。
口を塞いでいる小さくて細い指。
舐めてしゃぶる。
「わぁ!何で舐めるの!?指にも飴ちゃんついてた!?」と慌てるがリリエルは逃げない。
手をどけさせ、桜貝のような唇をまた、舐める。
・・・甘い。
今度は噛み付き上唇を食む。
リリエルはくすぐったがるが逃げない。
可愛い。
死ぬほど、可愛い。
我慢できない。したくも無い。
リリエルを反転させ向かい合わせになる。
ぎゅう、っと抱きしめ柔らかな肢体を楽しみつつ、見上げるリリエルに顔を近づけた・・・が。
「リリエル・・・・っつ!!」
「あ、いたー!!アクア!!!」
がっとまたしても頭突きを食らった。
リリエルの視線の先には真っ黒な衣装に身を包んだ美女、アクア。
リリエルは顎を押さえ悶絶しているアイザックを気にも留めず、アクアに駆け寄る。
「ずるーい!!なにそれ!なにそれー!!」
「おや、リリー。なんでここにいるんだい?てっきり城に監禁されるかと思ってたんだけどねぇ」
「なーにーそーれー!!」
リリエルはアクアの今の姿に目を奪われていた。
頭に大きな帽子を被っている。飴を舐め腰に笛を挿し、腕に持っている紙袋にはお菓子がたくさん詰め込まれていた。
後ろを見れば鼻の下を伸ばした男達が箱やら紙袋やらを大量に抱えている。
アクアは自分をきらきらとした目で見つめて来るリリエルをじっと見つめ、やっと復活したアイザックが近づいてくるのを見てニヤリと笑った。
リリエルの耳元に口を寄せ小さな声で囁くように話す。
「やっぱり惚れたかい?・・・まぁ、確かにいい男だからねぇ。私の好みじゃないが」
「何言ってるの?・・・それよりそれちょーだい!!ねーねー!」
アクアの被っている帽子に手を伸ばしぴょんぴょんと跳ねるリリエルを手で制しながらやれやれとため息をつく。
「このお子ちゃまは・・・」と呟けば、いつの間にか近くまできていたアイザックがその通りだといわんばかりに頷いている。
大体予想は付く。
アクアはニヤリと笑い、助け舟を出してやることにした。
リリエルに帽子をかぶせ、その時にまた何事かを囁くように告げ、踵を返す。
しかし何かを思い出したように、はっと立ち止まりリリエルに向き直る。
「リリー、私先に帰るけどもし帰りたくなったら海水に浸かりな。それで元通りだ」
「ん、わかった。帽子ありがと!!」
帽子を両手で持ち上げてにっこり笑うリリエルはとても可愛く憎めない。
苦笑を残し、アクアは優雅に去った。
「何が元通りなんだ?」
「えー?内緒!」
「・・・っ!」
くすりとリリエルが優しく笑えばアイザックが息を呑んだ。
「そんなことより、次!次行こ~!!」
「分かったから引っ張るな」
アイザックの腕を取りぐいぐいと引っ張っていく。
先ほど見せた表情はどこにも無く、無邪気なリリエルに、買い物が終わるまでお父さん気分を味わった。
その日の夜。
アイザックは自室で後回しにしていた仕事をしていたのだが、窓がコンコンとなり、それを中断することになった。
そこにいたのはリリエルだ。
直ぐに窓を開け、リリエルを抱え込むようにして部屋に入れてやる。
もちろん離さない。
「危ないだろう。扉から来い」
「えー・・・だっていっぱい人がいて部屋から出ちゃ駄目だって・・・」
「・・・そうだったな」
リリエルの部屋の前にはアイザックが用意した見張りの者が常にいる。
リリエルが勝手にどこかへ行かないように。
昼間、アクアと会った時、一緒に帰ると言い出さなかったことに実はとても安心していたアイザック。
どうして帰らなかったのかは謎だが、油断してはいけない。
リリエルは子供っぽく、気分やだ。
いつ考えを変えて「帰る」と言い出すかもしれない。
だから部屋から出さないように見張りをつけたのだが、まさか窓から来ようとは。
下は断崖絶壁。海だ。
バルコニーがあると言っても小さなものだし、とても危ない。
そこまで考えて、心配して怒りが芽生えた。
死んだらどうするのだ。
アイザックが怒ろうと唯でさえ迫力のある顔の眉根をよせたその時。
抱き上げていたリリエルがアイザックの首にぎゅうう、と抱きついてきた。
今までにない反応に、アイザックの思考は一瞬停止した。
固まったままでいるとリリエルが体を離して目を見開き、固まっているアイザックを見る。
なにやら難しい顔をしていたが唇をぐっと引き結び、意を決したように気合を入れだした。
何だ?と思えばいきなり小さな両手で顔を掴まれる。
・・・冷たかった。
しかし、次の瞬間アイザック自身の体温が急上昇したため気にならなくなる。
リリエルが、顔を寄せてきたと思ったら柔らかな唇が自分のそれと重なったのだ。
嬉しい、でも・・・。
(ぬるいな・・・)
触れ合うだけのキス。
リリエルは何度も何度もぶつけるようにアイザックの唇に小さなキスを落とす。
嬉しいのだが一向に進む気配がしない。
我慢できなくなったアイザックがリリエルの頭を捕らえ喰らいつく。
唇全体を甘噛みし、合わせ合い、舌を出す。
硬く閉ざされたままのリリエルの唇を舌で突き、少し開くように促すが、反応なし。
リリエルはぎゅっと目を瞑っている。
仕方ない、と背中に手を這わせるとリリエルがびくぅぅぅと反応した。
「ひゃぁ!な、何!?・・・ねぇ、な・・・んぅ!」
やっと開いた唇に舌を捻り込み、リリエルの可愛らしい舌を絡め取る。
下手だが、初々しく慣れない行為であることの証明だ。
この味を知っているのが自分だけならいいと思った。
抱き上げ、キスを交わしたままの状態で服を脱がしに掛かる。
リリエルがそれに気づいた時にはアイザックの目の前に露出された柔らかそうな胸があった。
リリエルが何か言う前にその頂を口に含む。
「やぁ!ちょ、やめ!!ちょっとやめてよ!!」
「・・・誘ってきておいてそれはないだろう」
リリエルに髪を引っ張られるがそう簡単には止まれない。
柔らかくて弾力があって可愛くて。
抱きしめるフリをしてその感触を思いっきり顔に感じた。
しばらくすると髪を引っ張る力が弱まりアイザックの頭にリリエルの頭が乗ってきた。
やっと観念したのかと思えば、嗚咽が聞こえてくる。
「な、んで、こんなことしなきゃいけないのぉ・・・なんで私が人間なんかに合わせてやらなきゃいけないのよぉ・・・!なんで・・どこまですればいいのよぉ・・・!!」
えっぐえっぐと泣き出したリリエルにアイザックが焦ったのは言うまでもない。
おろおろと泣き止ませようと肌蹴た服を着せ直し頭を撫でながら、務めて優しい声を出す。
「これでいいか?・・もう何もしないから泣くな・・・」
一向に泣き止むことのないリリエルにアイザックは心底困った。
リリエルが泣いているのが嫌なはずなのに、涙に濡れるその顔に欲情を抱いてしまって。
(・・・少しくらいなら・・・いや、しかし。でも、抱きしめるだけなら・・・そうだ、これは慰めの抱擁で・・・)
先ほど何もしないといったばかりだが、色々と自分自身に言い訳をしつつ、アイザックはリリエルを抱きしめ、余計に欲情した。
自分の腕にすっぽりと収まってしまう小さな存在に愛おしいと思う気持ちが止まらない。
そんなアイザックとは裏腹に、リリエルは徐々に落ち着きを取り戻した。
「だって・・・ただのお礼なのに」
「・・・お礼?」
「うん。アクアが人間は何かをして貰ったら御礼をするものだって。特に男の人はキスが好きだからキスしてやるとお礼になるって・・・。私何も持ってないし、それくらいしか出来ないから・・・」
「・・・俺が好きなんじゃないのか」
「別に」
「・・・・・」
腕の中に収まっている小さな存在が憎い。
アイザックに凭れ掛ってその身をゆだねているのに’別に好きではない’と言う。
きっと、考えたくもないが男として見てられていないような気がする。
言うなれば一時の寂しさや不安をやり過ごすために使われているような・・・。
(人肌は落ち着くと言うしな・・・)
リリエルを抱きしめつつ遠い目で窓の外を見つめるアイザック。
ただ抱きしめているだけのアイザックに気を大きくしたリリエルが本来の調子を取り戻してきた。
「だいたい、アクアがお礼をしなくちゃ帰ってきたら駄目なんて言うから残ってキスしてあげたんだからね!アクアは物知りだし、頼りになるし、正しいの。アクアに嫌われるのは嫌なの。だからだもん。・・・もうキスしたからね!もう帰っていいよね?」
「駄目に決まっている」
「・・・なんで?」
会話の内容に放心しかけたが、アイザック的禁句(帰る)が出たのですぐさま反応した。
本気で帰る気だったらしく引きとめようとするアイザックに険しい顔を向ける。
その顔を見て、沸き上がってきた感情は怒り。
(この俺が、こんなにも優しくしてやっているというのに)
何故惚れない?
(この俺が、こんなにも丁寧に扱ってやっているのに)
何故好きにならない?
(この俺が、こんなにも愛しているというのに)
何故愛を返さない?
(何故、俺から離れようとする?)
アイザックはリリエルを担ぎ、リリエルに宛がった部屋まで行き、驚いている見張りのものに指示を出す。
この間中リリエルは「なんなのよー!」と暴れているが、知ったことではない。
おかしかったのだ。
優しい自分など。
ありえなかったのだ。
他人を気遣うなど。
・・・愚かだったのだ。
相手の気持ちを求めるなど。
(俺が欲しいと思った。ただ、それだけだ)
リリエルはこの後、城の近くの塔に軟禁されることとなる。
「足掻いても無駄だ。・・・決して逃がさない」
そう言ってアイザックが踵を返したその時から。
俺様、始動!なのです。