お着替え
城についた瞬間、リリエルの周りに侍女が群がってきた。
着ていたコートを毟り取られ布がふんだんに使用されたわっさわっさしたグリーンのドレスに着せ替えさせられた。
肌を磨かれ、髪を丁寧に梳かされ、香水をかけられ・・・。
「何これ!?くっさあーーー!!」
「まぁ!何を仰います!!薔薇のいい香りではありませんか!!」
「や、やめて!!鼻がもげる!!」
ぎゃーぎゃーと獣のごとく暴れるリリエルと、それを押さえつけ何とか身支度を整える侍女達。
優秀な侍女達のおかげで何とか仕上がったリリエルは花のように愛らしかった。
亜麻色の髪に海のような美しい青い瞳。
小さな顔に大きな目がくりくりと輝いている。
白魚のように白く華奢な体。(実際魚なわけだが)
小さい体に不釣合いな程よく膨らんだ胸が何とも言えない色気となっている。
なんと愛らしく魅了的な姫なのか。
侍女達は自分達の作品の出来のよさにうっとりとため息を吐く。
「げー・・・何顔に塗ったのよぉ・・・べたべたするー気持ち悪いー」
「「「口さえ開かなければ完璧なのに」」」
今度は、はーと揃ってため息を吐く。
しかし彼女達は完璧な侍女。
仕事は忘れない。
リリエルを主の下まで連れて行く。
そして扉を開いたそこには・・・。
「・・・愛らしいな」
「・・・・・」
王子がリリエルの下まで歩み寄りその細い腰を抱く。
その細さに驚きながら、頭2つ分低いリリエルを見下ろすとリリエルがぷるぷると震えていた。
(緊張しているのか?)
そんなリリエルを更に可愛く思い、顔を上げさせようとするが全く微動だにしない。
リリエルはある一点を見つめていた。
王子が用意させた食事だ。
長い机に並ぶ様々な料理を零れ落ちんばかりに目を開いて凝視している。
「なんだ?腹が減っているのか?」
「・・・・な」
「な?」
「なんて残酷なことするの!?信じられない!この野蛮人!!」
ばっちーん、とまたしても平手を食らいそうになるが寸でのところでその小さな手を掴み阻止する。
可愛い顔を真っ赤にさせてぽかぽかと王子の胸板を叩き出した。
「避けるんじゃないわよ!変態野蛮人男!!」
「な、誰が変態野蛮人男だ!暴れるな」
「信じられない信じられない信じられない~~~!!」
「こ、こら」
ぽかぽかと胸板を叩くのは良いが体重を掛けられるとなかなかの威力になる。
王子はリリエルを腕ごと抱きしめることでその身柄を拘束した。
「や!はーなーしーてー!!」
「まったく、何が不満なんだ?」
「無差別殺魚しておいて何言っているのよ!!」
「魚・・・?」
言われて食卓を見れば様々な魚介類が美味しそうな匂いをさせて美しく盛られていた。
ここは海に面する国なので漁業が盛んだ。
自然と主食は魚になってくる。
「・・・魚が嫌いなのか?」
「大好きよ!!」
意味不明である。
「もー!やーだー!!離してよ!アクアー!!助けてーー!!」
「だから暴れるなと言っている」
「何よ!!恩を仇で返す気!?あなた最低ね!助けなければよかったわ!」
「!!やはりお前が俺を助けたのか?!」
分かっていて連れて来たのではないのか、とリリエルは精一杯の威嚇の表情を王子に向ける。
まるで猫が毛を逆立てているようなその様子に王子は瞳を和ませた。
「やはり、そうか。俺はこの国の王子でアイザックと言う。助けてくれたこと、礼を言う。ありがとう」
「ん?う、うん。どういたしまして?えっと、名乗った方がいいの?」
「ぜひ」
「リリエル」
「リリエル・・・。名まで愛いな」
「は、はぁ・・・え?な、何!?」
王子、アイザックがリリエルの頤を掴み、上を向かせると、当たり前のことのようにアイザックの顔が近づいてきた。
どうすればいいの!?と頼みの綱であるアクアを探すが見当たらない。
そう、見当たらない。
「!?」
「がっ!!」
勢い良く頭を振ったためアイザックの顔面にリリエルの頭突きが入った。
しかしリリエルはそれどころではない。
「アクアは?アクアどこ!!?」
「お前な・・・」
「アクア!!真っ黒な女の子いたでしょう?」
「ああ、あの女なら金を受け取ってすぐに帰ったぞ」
「!!!!」
リリエルは信じられない思いでアイザックを見上げた。
置いていきやがった。
金を独り占めしようなんて許せない。
(私だって買い物したいのに!!)
「帰る!」
「は!?おい、待て!!」
またしてもアイザックの大きな体にすっぽりと収まってしまい、身動きが取れなくなる。
自分の邪魔をしようとする男にリリエルは苛立ちを覚え、癇癪を起こした。
「やだやだやだやだー!!私だって遊びに行きたいのにぃぃ!!アクアが置いていったー!!」
「お、おい」
わーん!と泣き出したリリエルにアイザックは狼狽する。
ひぐひぐと子供のように泣きながら目を手で擦ろうとすれば、アイザックがその手を掴みリリエルの涙を舌で舐めとった。
しかしリリエルは泣き止まない。
「頼むから泣くな」
「だって・・・アクアぁ・・・うぇ・・・私だって、街に行ってみたかったのにぃ」
「・・・行ったことがないのか?」
アイザックの言葉にこくん、と頷く。
するとアイザックがうむ、と考えリリエルを見た。
「行くか?」
「え・・?」
「俺と街に、遊びに行くか?」
「行きたいけど、お金ないよ?」
「俺を誰だと思っている?」
金の心配などするな、と心外そうに言えばリリエルの顔が徐々に明るくなっていく。
満開の笑顔がそこにはあった。
愛らしい顔。無邪気な笑み。
これがアイザックが探し、求めていた姫。
いつまでたっても忘れることができなかった、愛しい女。
一目見ただけだった。
掠れた視界、薄れ行く意識の中でさえ印象的だったのはこの海のように青い瞳。
一目惚れだったのだ。
「行く!行きたい!!連れてって!!」
リリエルは現金なもので、いきなりアイザックの首に手を回し抱きついた。
身長差のせいでリリエルはアイザックの首にぶら下ってしまっている。
華奢な体を抱き上げようと片腕を回せばそれだけで十分だった。
羽のように軽い。
片腕で抱き上げても全く負担にならない。
「お前、中身あるのか?」
「なんで?きっとあると思うけど」
「・・・そうか」
楽しみで仕方が無いのを隠そうともせず、アイザックの首に抱きつきながらきゃっきゃとはしゃいでいるリリエルを見て、胸にじわりと暖かなものが広がる。
それに初デートだ。
アイザックとて心躍る。
しかし。
「街に行くのにその格好では駄目だな。目立ちすぎる。着替えて来い」
「え!?さっき着替えたばっかりだよ!?」
「用途が違う」
「えー・・・人間ってめんどくさい」
「人間?」
「え?いやいやこっちの話ー」
あはははは・・・と笑うリリエルの胡散臭さに少し眉を潜めながらも、近い距離にいるリリエルに満足する。
夢でも幻でもない生身の女だ。
「このままじゃ駄目なの?」
「駄目だな。なんだ?何か不都合でもあるのか?」
「だって~あの侍女さん達変な物つけようとするし、3人掛かりで拘束しようとするし・・・」
「そうか」
アイザックがすんなり頷いたのでリリエルは自分の意見が通ったのだと思い、安心してアイザックにもたれ掛っていた、のだが・・・。
「ちょ!やめてよー!!変態変態変態変態ー!!」
「お前が侍女は嫌だというから俺が直々に着替えをだな」
「やぁ!なんで足撫でるの!?意味わかんない!!って言うかベッドで着替える意味がわかんない!!」
「そうか」
「そうかじゃないよぉぉ!ぎゃあ!!今胸揉んだぁ!!」
「ああ、柔らかいな。・・・服が邪魔だ」
「やあああああー!やめろ馬鹿ぁ!触るな揉むな撫でるな脱がすなー!」
両手を拘束されているわけでもないのに、上に圧し掛かられただけでリリエルはびくとも動けない。
足をじたばたさせても手をばたつかせてもアイザックは気にした風もない。
リリエルは一生懸命殴った。
アイザックの頭を。
それはもう一点集中に殴り続けた。
するとアイザックが痺れを切らしたようにリリエルの手を頭の上に纏め上げた。
「おい!馬鹿になったらどうする気だ!?」
「知らないわよ!街に連れて行ってくれるって言ったのに、嘘つき!!だいっ嫌い!!」
「なっ・・!!!」
嘘つき、大嫌い・・・頭の中でエコーするその言葉にアイザックは固まったまま動かない。
力が弱まり動かなくなったアイザックを無視して起き上がったリリエルは置いてあった簡素なロングワンピースを自分で来た。
これでよし、とくるりと回ったリリエルは固まったままの金づる・・・いやアイザックに目を向けた。
「連れて行ってくれないなら勝手に行くけど」
「あ、いや、駄目だ。俺も行く」
やっと正気を取り戻したアイザックに連れられて、やっと目的を達成できそうなのでリリエルは先ほどのことも忘れてアイザックの腕に抱きついたのだった・・・。