一話 転機
3日おきに更新する予定です。
僕は小学生の頃から小説を書くのにハマった。
最初はただ授業中に考えた話を紙やノートに書き殴っていただけだった。
けど、年齢が上がるにつれてだんだんと子供のただの落書きは沢山の物語になった。
どんどん、どんどん新しい物語を書いていくけれど、どれも我流で何処か俗っぽくて本屋に並べられている様な物とは全く別物精々三流といったところ。
新しい本を買って読むたびに自分の書いた作品と比べてしまっていたけれど、それでも小説を書くのは楽しかった。
一度だけ僕は中学二年生の時にインターネットの応募で新人賞を受賞したことがあった。その時の気持ちは今でも忘れられない。
僕の夢は気づけば小説家になった。
けど中学で三年になった頃、僕が休み時間に書いていた小説の紙をクラスメイトにビリビリに破かれ踏みつけられて、捨てられた。
書いていた内容は学校の青春の物語だったんだ。二人の高校生の青春を書いた物語、モチーフにしていたのは当時の僕の親友、そして僕の小説を破いた人物でもあった。
そいつはいつも遊ぶ時は一緒にいて、部活も一緒で家も近かった。喧嘩することもあったけど親友と呼べるほどに仲が良かった。
当然そいつは僕が小説を書いていることも知っていたし、新人賞をとった時には一緒に大喜びしていた。
でも、親友と思っていたのは僕だけだった。僕の小説の原稿を破いた後彼はこう言った。
「お前、いつもキモいんだよ!。いっつも机に齧り付いて小説ばっか書いて、何が親友だよ。お前を親友と思ったことなんて一度もねえよ。ただ家族仲が良いからって仲良くしてたら良い気になって、
ーーお前の書いてる小説なんて、面白くもねえんだよ!」
彼の言った言葉を僕は一瞬理解できなかった。そして悲しみが遅れてやってきた。
友達だと思われていなかったと、それもショックだった。ただそれ以上に、小説を馬鹿にされたことが悔しかった。
彼も事情があったのかもしれない、言いたくて言ったわけではないとそう思いたかった。だが確かに彼の顔には純粋な嫌悪の表情が映っていたように見えた。
その場で耐え切れなくなった僕は恥と悲しみから家に走った。下駄箱の靴さえ履かず靴下で走った。
いろんな感情を抑えながら足の痛みも忘れて家まで走った。今にも目から涙が溢れ落ちそうになるのを必死に抑えた。
泣けばきっと感情が決壊して、二度と書けなくなる。そんな思いからだったかもしれない。
僕はその日から小説が、本が、物語が書けなくなった。
その後僕は学校には行けなくなった。いや行けなかった。最後の中学生活の一年を僕は家で過ごした。
その間も親友の親がなん度も謝罪に来ていたが、彼がきたこと一度たりとも無かった。
僕はその時から他人と深い関係になるのが怖くなった。
中学卒業後、僕の意思を尊重してくれたのか僕の両親は今まで住んでいた家を引越し地元とは違う新しい高校に行くことになった。
僕が家を出て行くその瞬間まで彼が僕の前に現れる事はなかった。
そして僕が新しい学校に入学して一ヶ月ほどが経った時だった。
放課後、僕は部活動の選択で担任の先生に職員室に呼ばれてる。職員室の中は僕と先生だけだった。
まさに体育会系といった姿の担任は少しめんどくさそうに喋り出した。
「高橋…何か入りたい部活はないのか?やっぱり ないのか?」
担任の先生は少し間を開けてもう一度言った。
「一様、校則で部活には一つぐらい入る様に決まってるんだが もう決まらないんだったら先生が決めて良いか?」
「はい。大丈夫です。先生に任せます。」
正直部活はどれでも良かったし興味もなかった。どれに入っても同じだろうから。
僕は返事をして足早に職員室の扉に向かった。
「あー、高橋 何か悩みがあるなら先生相談に乗るからいつでも職員室に来いよ。」
先生はそれだけ言うと机に向かってこちらを見る事はなかった。
僕は職員室を出て一度自分の教室に向かった。
面倒くさいが教室に忘れた筆箱を取りに行くのだ。
すでに外からは夕陽が差し込んでいた。ちょうど僕が逃げ出した時と同じ時間だった。
教室に入ると一人だけ黒の長髪の女子生徒が僕の隣の席に座って何かを書いていた。
別に気にも止める事でもなかったし他人に関わるのが怖かった。特に気にせず筆箱を持って帰ろうかと思った。
けど、偶然その生徒の手元が見えたのだ。
その生徒は、彼女はーー小説を書いていた。
少し横目に見ただけだがそれは確かに小説だった。感想文や課題なんかじゃなく紛れもなくそれは小説だった。
何かに刺された様な感覚だった。僕は小説が書けない、けど彼女は書けるのだ。
今まで自分と同じ様に小説を書いている同年代に会ったことがなかった。
僕は彼女が羨ましくて、そして書けない自分が悔しかった。
それでも僕はその小説を読んでみたいと思った。趣味にしていた読書もここ最近全く出来なかった。
気づけば僕は筆箱をしまう手を止めて彼女の小説を立ち止まって凝視してしまっていた。
「あ…あの?髙橋君?…大丈夫?」
咄嗟に何か気の利いたことを喋ろうとしたが曖昧な言葉しか出てこなかった。気の利いたこと以前に僕は隣の席の彼女の名前すら知らなかったのだから。
「ご…ごめん、その何書いてるのか気になっちゃって」
僕の質問に彼女は快く答えてくれた。
「う〜んと、コレはね小説書いてたの。家で書いてると集中できないから。」
彼女はほとんど喋ったことのない僕に愛想良く喋りかけてくれた。
「でも、人前で書くの恥ずかしいからさこっそり放課後に書いてたの。良かったら読んでみる興味あるんでしょ?じっと見てたし。」
彼女は笑いながらそんな提案を僕にしてくれた。あんまり上手くないよ、と付け加えて
読みたいことがバレていて図星だった僕は、少し戸惑いながらも彼女の書いた小説を読ませてもらった。
彼女の書いた小説は僕にはとても刺激的だった。お世辞にも上手く書けているとは言えなかったが、僕にとってその小説は感情の籠った一つの本に見えた。
それに彼女書く物語は前僕が書いていた青春物の題材だった。僕が挫折して書けなくなった題材、物語それを彼女は書いていた。
今もカバンの中に眠らせている書きかけの物語の続きを見ている様だった。
「高橋君!?大丈夫? 泣いてるけど…」
彼女がいった何故突然僕のことを心配したのか分からなかったがそれは自分の顔を流れる液体の感覚が物語っていた。
僕は気付けば涙を流していた。今まで止まっていたものが押し流される様に流れ出ていた。
不意に出た涙に驚きながらもほぼ他人の僕を心配してくれた彼女に感謝を伝えた。
「ありがとう、すごく良かったよ。文字も綺麗で文体も凄く良かった。」
僕がそう褒めると彼女は少し嬉しそうに笑っていた。
そして、久々に読んだ小説の感動を炭に投げやり僕は心を鬼にして彼女に多くあった誤字脱字や内容の抜けを伝えた。
彼女は驚いていたが、照れくさそうにしながら指摘した誤字脱字等を直していった。
そう言えばふと思うと僕は彼女についてのほとんどの情報を持ち合わせていなかった。
入学してから僕は彼女の顔すら見ていなかったのだ。名前なんて到底知る由もなかった。
「ごめん、そう言えば今更なんだけど君の名前聞いても良い?」
彼女は少しの間を開けて長い髪を大きく靡かせて元気に笑顔で答えてくれた。
「いいよ!私の名前は津百合ツユリ マコトだよ!」