君の名前は知らないよ
「二階堂俊です。よろしく。」
彼は礼儀正しく挨拶したうえで、握手を求めてきた。ただ悪いね。
「いいよそういうの。さっさとやろう。」
俺は、彼に対して背を向けて、グローブをつける。
「修斗。挨拶は大切だぞ。」
「試合ではね。これはあくまでもスパーリング。それも葛城さんと君には申し訳ないんだけど、俺、弱いやつに興味ないんだよね。実際、君のこと覚えてなかったし。君が強ければスパーリング後にでも挨拶してあげるよ。」
俺はそういいながら、リングに上がりヘッドギアとマウスピースをつけて待機する。
葛城さんはまだ愚痴愚痴言ってるが、相手してやるだけでも感謝してほしい。俺は本当なら帰るところだったんだ。
リングに上がった彼は俺を睨んでいるようだが、はっきり言って期待外れだ。あそこで感情を押し殺して笑えるくらいじゃないと駄目だ。たぶん、彼もあっけないんだろうな。
まぁ、面倒だしボコボコにしてさっさと帰ろう。
「はじめ!」
葛城さんが鳴らしたブザー音を聞いたと同時に俺は彼との距離を一気に詰め、彼のボディに本気の一撃を食らわせ、彼が怯んだ瞬間に顎と側頭部を左右のフックを振り抜いた。
彼はそのままふらつき、尻餅をついた。
「…弱すぎだし判断遅すぎだし。ほらさっさと立てよ。スパーリングになんないだろ?」
俺は彼を無理やりたたせるとジャブを連続で叩き込んだ。ふらつき前に倒れそうになるとボディをうち、横に倒れそうになるとフックを反対側に振り抜く。
第三者が見れば正直ただのいじめにしか見えないだろう。だから俺は弱いやつとのスパーリングは嫌いなんだ。
1R終了のブザーが鳴り、俺が離れると彼は意識を失ったかのように倒れ込んだ。ピクピク震えて陸に上がった魚みたいだ。
「葛城さん。早く快方しないと。」
俺の言葉に正気に戻った葛城さんは、彼を抱き起こして意識を確かめる。意識はあるようだが、泣いている。
「修斗…やり過ぎだ。ここまでやる必要がどこにある。」
「何言ってんのよ。葛城さんがいったんでしょ?彼は今の自分の実力が知りたいって。だから現実を教えてあげたんだよ。確かに根性はある。俺が無理やり立たせたとはいえ、1Rもったんだから。でも彼の実力じゃない。」
「なら…終わらせればよかっただろ。」
「何言ってんの?これは試合じゃなくて、スパーリングなんでしょ?終わりはブザーがなるまで。葛城さんいつも言ってんじゃん?スパーリングはブザーがなるまで全力でやれって。」
「そうだが…」
「前から口酸っぱく言ってるけど、俺とのスパーリング相手を連れてくるならせめて高校生のチャンピオンとかさ、強いやつにしてよ。毎回いじめみたいになると嫌なんだ。」
「…」
「じゃあ、帰るから。」
なんで、俺が悪いみたいな感じになるんだか。周りで見ていた他の練習生たちも俺を非難するかのように見てくる。自分達は最初に俺にボコボコにされて以来、挑むことすらやめたっていうのに。