コンタクト
友達の未練です。こいつ彼女いるくせにこんなこといってました。でも、あいつもあいつで目が痛かったんでしょう。眩しすぎたんだから。
保育所のころ、よく遊んでいた子がいた。
よく遊んだ、といっても当時は沢山の子のなかの一人という感じだった。
当然そのころの記憶は曖昧で、具体的にそのときどんな子だったかはあまり覚えていないだろう。
名前は冬花といった。
保育所のころの冬花がどんな子だったなんて、やはり覚えていないが、年齢の割に知的な子供だったと思う。
一方そのころの私はなにか取り立てて話すような見どころも無かった。
保育所を卒業してから別々の小学校に通った。
とはいっても交流が完全に断たれたわけでもなく、年に一回ほど保育所のメンバーでの集まりのようなものもあった。
小学校に入学するタイミングで私は色んなピアノや水泳、公文といった習い事に通い始めていた。私よりも少し早いタイミングだったか冬花もピアノや公文などに通っていた。
共通の習い事ということもあって、まれに会うこともあったし、一時期は拙い文章で文通もしていたはずだ。それが小学校低学年のときの話。ここまでは習い事がたまたま被ってる珍しい人、という認識だったと思う。
ただそれも三年生になったあたりからなくなり、私の記憶からも薄れていった。
小学校が違えば、もちろん関わる人も変わり、淘汰されていくものだった。
小学校の四年、冬ぐらいから私は中学受験のため塾に入ることになった。小学校では天才ともてはやされるほど賢かった思い出だ。そんなこんなで塾に入った私は、冬花と再会した。
冬花はすでに当時の私からみれば想像もつかないような領域にいた。
塾内でも屈指の知力を携え、塾を代表できるような人になっていた。
驚きとともに追いつきたい、そうも思った。
それから私はめきめきと成績を上げ、受験が終わったころには冬花を抜いていた。
ここまでの話は何の意味があるわけでもなく、ただただ気づくことが見えてきたというだけだ。
ずっと、ずっと私は冬花に憧れていたんだろう。いつも私の少し先をいくあなたが眩しくて、どうしようもなかったんだろう。冬花は関西屈指の女子校に進学し、私も男子校に進学した。
確かに知力では勝っていたのかもしれない。だが、そんなのはデータのような判別のための道具でしかない。中学校に入ってからもやっぱり憧れていたんだろう。私のことなんか何も覚えていないほうがいい。あなたの生きている色の付いた世界に、私は邪魔なんかできない。
あぁ、幸せになってほしい。私みたいな男とは正反対の男と幸せになってほしい。私みたいな男だったら、少しでも可能性を見てしまう。
もうあの頃とはちがって、手が届かないほど、目に見えないほど、遠くの存在になってしまったのに。




