共通言語としてのファンタジー作品
どうも投稿サイトでは圧倒的にファンタジーが人気のようなのだが、この新しい作品群には、それまでとは違う二つの特徴がある。それは、①現代人の知識を持っている ②ゲーム的世界観で、場合によってはステイタス表示がある である。
逆に言うとだ、「それまで」の作品とはファンタジー作品とは何か? という話になるかもしれない。で、実は僕はどっちか言うと、「それまで」の方が好きなのだが、特に好きなのが『ドラゴンクエスト ダイの大冒険』と『ブラック・クローバー』だ。
『ダイ』なんかは元がドラクエなんだからゲーム的世界観なんじゃ、と思うかもしれないが、まあ確かにそうではある。が、例えば「冒険者」という職種があって、ギルドがあってモンスター退治をして……というような事を話に中心においてないし、自分の能力をステイタス表示で知る、みたいな描写はない。
『ブラック・クローバー』に至ってはモンスターもほぼ出てこないし、魔法は皆が知ってる知識ではなく、個人の特有の才能になっている。ステイタス表示はもちろんなく、全くゲーム的ではない。
これ以外にも『鋼の錬金術師』なんかも無論、ファンタジーなのだけど、もちろんゲーム的世界観ではない。……というか、そもそもファンタジーは、その世界観の独自性で評価されるようなジャンルだった。いわゆる剣と魔法と竜みたいな世界観ではない――ものがファンタジーとして評価される傾向にあった。
それがゲームの普及からか、死んだ後に転生してゲーム的世界観のファンタジー世界で活躍する……というのが、投稿サイト系の主流になった。よくも悪くもだが、これはそれほど世界観の説明をしなくて済むジャンルになっており、読者にも入りやすい枠組になっていると言える。
過去においては時代劇や時代小説が、そういう「入りやすい非現実世界」のジャンルとして一般化していた。くどくど説明しなくても、江戸の町で岡っ引きが出て、奉行所があって、町民は長屋暮らしで――みたいな世界観だ。それが共通言語としてあった。今や、ファンタジー世界が、その共通言語になってるのかもしれない……と、ふと思った。




