洞察ということ
新聞に『CIA元工作担当官グレン・カール氏に聞く』というインタビューが載っていた。CIA工作担当官!? なんという怪しい響き。CIAとえば『今そこにある危機』とかでハリソン・フォードが演じたジャック・ライアンとかをイメージするかもしれない。ちなみにジャック・ライアンでテレビシリーズが出ててビックリした。
ジャック・ライアンは国際紛争に巻き込まれたりして活躍するが、実際にCIAがやってきた事は、もっとえげつない事だ。途上国でアメリカに色んな利権を渡す親米政権を樹立させるため軍を送り込むのはもちろんだが、反米政権が樹立してる時は、それを排除するため民衆を扇動して暴動を煽ったりする。それがCIAの工作で、CIAというのはそういう陰謀機関だ。
そのCIAの工作担当官が、何の話をするの? と興味を持って読んでみると、驚いた。いきなりフランスの政治思想家トクヴィルの話をし始めるのである。トクヴィルは19世紀後半にアメリカに渡り、『アメリカのデモクラシー』という歴史的名著を残した。
このトクヴィルをグレン・カールはこう語る。「彼ほど深く、米国の本質を見抜いた人物はいない。民主主義を支える制度が根ざす社会や文化に目を凝らし、洞察した。私は大学時代に彼の本に出会い、心の底から衝撃を受けた」
僕が感心したのは、彼がここで『洞察』というものを重視している、という点だ。その洞察とは、「本質を見抜いた」ことである。これは最近重視される「情報」とは異なるものだ。彼が知性を「洞察」と捉えた事は、とても興味深い。
情報と言うのは一度下知った後はその価値が下がるものだ。それに対し洞察というのは、知った後でなお、その価値を深める事すらあるものだ。そして情報それ自体も、世界に漫然と存在するのではない。対象から得られる情報は、観察者の認識力によって増減する。
この事を判りやすく書いた本が養老孟司の『バカの壁』だ。出産の経緯を撮った動画を男子生徒と女生徒に見せる。すると、女生徒は多くの事をそこから発見し、学ぶのだが、男子生徒は漫然と見てるだけだった。同じものを見ても、得られる情報量は認識者によって異なる。洞察とは、そういう深さの事だ。




