『仮面ライダーガッチャード』総括
遂に『ガッチャード』が最終回を迎えた。うん、まあ最後は盛り上がったとは思うんだが――ちょっと気になったところをあげてみたい。
やはり思うのは、宝太郎に戦う必然性があまり感じられなかった事か。スパナ、それにりんねには、それぞれ生い立ちに事情があって、戦う理由があった。主役の設定としては、脇の二人の方がドラマを引っ張っていたと言える。
対して主役の宝太郎は、過去においてホッパー1と出会っていた、というエピソードがあるくらいで、どうも戦う理由――その必然性が弱かった印象が拭いきれない。劇場版に何か描かれているのか? しかし調べたところでは未来に行く話であって、過去に何かあった感じじゃない。
まあ特に過去がなくてもいいのはいいんだが。けど、架空の存在であるケミーには視聴者が感情移入しにくい以上、その「ケミーと人間の共存」みたいな事を使命としてもっている、という事では中々、共感を得るのは難しいんじゃないだろうか?
比較になるが「ポケモン、ゲットだぜ!」を意識したのだろうか? ポケモンをゲットする喜びは、見てる側にもカードやゲーム等の現実的な媒体で存在する喜びだから伝わりやすい。しかし「ガッチャ」がそのレベルに達することができたかどうか――。
『オーズ』のメダルは商品として成功したケースだが、それはレアアイテムを入手するアイテムコレクトの感覚があっての事である。ケミーは逆に、存在感を出してしまったがために単なるアイテムとして見做しにくくなってしまったかもしれない。
主役の彼は頑張ってたと思うし、演技もよかったと思う。しかし物語内でのキャラの立ち方は、演技でもカバーしきれない部分がある。スパナはどうしても、かませ役が多くて強くて格好いいライダーになりきれなかったし、りんねもその轍は免れなかった。
まあけど、ラケシスとクロトーは良かった。福田沙紀も存在感あったし、見ていていいところは、それなりにあった作品だったと思う。




