表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/212

『仮面ライダーガッチャード』総括

遂に『ガッチャード』が最終回を迎えた。うん、まあ最後は盛り上がったとは思うんだが――ちょっと気になったところをあげてみたい。


やはり思うのは、宝太郎に戦う必然性があまり感じられなかった事か。スパナ、それにりんねには、それぞれ生い立ちに事情があって、戦う理由があった。主役の設定としては、脇の二人の方がドラマを引っ張っていたと言える。


対して主役の宝太郎は、過去においてホッパー1と出会っていた、というエピソードがあるくらいで、どうも戦う理由――その必然性が弱かった印象が拭いきれない。劇場版に何か描かれているのか? しかし調べたところでは未来に行く話であって、過去に何かあった感じじゃない。


まあ特に過去がなくてもいいのはいいんだが。けど、架空の存在であるケミーには視聴者が感情移入しにくい以上、その「ケミーと人間の共存」みたいな事を使命としてもっている、という事では中々、共感を得るのは難しいんじゃないだろうか? 


比較になるが「ポケモン、ゲットだぜ!」を意識したのだろうか? ポケモンをゲットする喜びは、見てる側にもカードやゲーム等の現実的な媒体で存在する喜びだから伝わりやすい。しかし「ガッチャ」がそのレベルに達することができたかどうか――。


『オーズ』のメダルは商品として成功したケースだが、それはレアアイテムを入手するアイテムコレクトの感覚があっての事である。ケミーは逆に、存在感を出してしまったがために単なるアイテムとして見做しにくくなってしまったかもしれない。


主役の彼は頑張ってたと思うし、演技もよかったと思う。しかし物語内でのキャラの立ち方は、演技でもカバーしきれない部分がある。スパナはどうしても、かませ役が多くて強くて格好いいライダーになりきれなかったし、りんねもその轍は免れなかった。


まあけど、ラケシスとクロトーは良かった。福田沙紀も存在感あったし、見ていていいところは、それなりにあった作品だったと思う。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ