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まっすぐな目

ラジオを聴いていたら、渡辺美里の『夏が来た!』がかかった。あ~、懐かしいな~、えぇ曲やな~などとなごんでいたが、途中でハッとなった。二番の歌詞である。


『 本当の夏が来た 生きている眩しさ

  本当の夏が来た まっすぐな目をした君がいる  』


まっすぐな目か……こういう歌詞に、凄く共感した時期があるはずだ。渡辺美里の歌詞の世界観それ自体が好きだった。いや、これは渡辺美里に限らず、例えば爆風スランプのヒット曲、『Runner』では


『瞳の中 風を宿した 悲しいほど誠実な君に 何を言えばよかったのだろう

 かげりのない少年の 季節は過ぎ去っていく 風はいつも強く吹いてる  』


これは多分、普通に聞いたら少女を相手にしてるラブソングなんだけど、なんだか前後の文脈を聴くと、相手は少年のような気もしてくる。いや、それは妄想かもしれないけど。


けど少年にはかげりがないし、瞳には風が宿ってるんだね。それが若さ。そういう事が当たり前だと思って、そういう歌詞にシビれていた。それが僕らの若い頃の歌なんだけど、最近、なんか「生きてる眩しさ」みたいな歌詞聞かないなあ……と、ふと思ったのだ。


なんか最近は、かったるい油汚れもこれでバイバイだったり、ここに僕がいてあなたがいるのに、胃がもたれてたりするんだね。それがリアルな実感を反映してるのだろう。「生きている眩しさ」とか言ったら、「リア中爆破」とかいうのが最近の世相か。まあ時代が違う、と言えばそれまでなんだろうけど。


けど歌や小説もそうなんだけど、創作物は「ありたいと思う理想の姿」を提示するものでもあると思うのだ。「まっすぐな目」で世界を見つめる人に、僕はなりたいと思ったのではなかったか? それは何処かへ忘れてきたのか?


いや、僕は今でもまだ理想を追いかけている。理想の自分になるべく努力をしてる。それが普通の日常になっただけ、だった。


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