ATMと性奴隷
昨日のことである。YOU TUBEを見ていたら、なんか候補の中に『専業主婦さん、給料が安いから旦那に趣味を辞めろと言ったら逆にパートを提案され絶句…謝罪させたいとマシュマロ投稿したら…』という長い題名の動画があがってた。
軽い気持ちで見てみると、なんかイケメンVチューバーが喋っている。話しは題名通りで、この投稿者は他にも、旦那は年収600万円で低収入とか、自分は専業主婦だが15時間働いて毎日クタクタなのに、まだ働けというのか、自分の労働は自給換算した年収550万になるんだ、とか言ってるのである。
それを読んで、このイケメンが怒りだす。まあ理路整然と反論していくし、いちいちもっともなので詳細はあげないが、思わず「お」と思った事を言った。それは「あなた、旦那さんが『専業主婦を旦那奉仕人と思ってるのか』と言ってるけど、あなたこそ旦那の事を奴隷と思ってないですか?」と指摘する。で、「あなたは人に対するリスペクトがない」と言うのである。
で、このイケメンは言うのだ。「これが釣りであってくれる事を願う」。しかしコメント欄を見ると、「別れた嫁がまったくこの女のようだった」「離婚した元嫁がこのタイプで、夫をATMとして見てなかった。子供がいなくてよかった」等のコメントが結構あったのだ。
それを読んで、ふと連想したのだ。『セクシー田中さん』が対抗したのは、女性が年齢・外見・家事の基軸で測るような価値観だ。これはいわば「性奴隷」の市場価値だ。対して、いかにハイスペックな男を捕まえるかという女性側は、「ATM」の利用価値が基軸だ。
思ったのは、この「性奴隷」と「ATM」の価値基軸は、互いの補完関係にある、という事だ。ATMはいかに従順で魅力的な性奴隷を手に入れるかが重要で、性奴隷はいかに優秀なATMに身売りできるかが重要である。
今日の昼間に、山の辺りで壮年の夫婦らしき二人が、『弱虫ペダル』みたいな格好で自転車に乗ってるのを見た。この自転車を共有してる二人は、互いをATMとも性奴隷とも思ってないだろう。それだけしかないなら、到底、自転車など漕いでられない。そういう『人と人』の関係が、大事な気がする。




