プレゼンテーションと小説
朝のラジオ番組に『中川美紀の気分よく働こう』という番組がある。中川美紀という人は、ビジネスアナリスト、とかいう職業らしい。会社のコンサルタント業務が専門で、会社内部の人材育成や社内風の改善などを手掛けてるようだ。
その人が今日話したのは、「プレゼンは、自分との戦い」というテーマだった。なんだろ、プレゼンする時にあがるから、そのメンタルトレーニングが大事、みたいな話かな~と思ったら違った。
この中川美紀さんの若い頃の失敗談から話は始まる。ある大きな会社の依頼を受け、中川さんはプレゼンをする事になった。しかし大きな仕事、中川さんも気合を入れて充分な準備をした。業界に関する本を十冊以上も読み、事例を沢山メモってプレゼンに備えた。
いざプレゼンの日、中川さんは勉強で得た事例を沢山紹介し、自分なりにやったという感触を得た。しかしその印象は、その後反転する。会社の担当の人から「それで中川さんの、一番仰りたかった事は何ですか?」と質問されたのだ。
しまった! と思ったという。勉強した多くの情報を入れようとするあまり、自分の知見、意見というものをちゃんと出すことをおろそかにしてしまった。業界の事例、背景を知ることはもちろん重要だ。それを披露したい、という自分の欲求と戦って最小限に抑えるのが重要だという。
判る~……と、ちょっと思った。時代小説などが典型だが、凄く時代資料を読み込む。そうすると色々勉強したことを、書いてる時に入れたくなる。けど、そうやって関連文献から丸写ししたような情報を入れてると、小説自体の焦点がぼやけてきてしまう。
無論、背景の時代情報を入れるのが、全て間違いなわけではない。背景の描写というのは、映画やアニメでいえば美術だ。美術、というのは作品のグレードに関わる。ジブリだとか新海誠なんてのは、美術が美しいから一流アニメと見做されるのであって、あれが雑な美術だったら全く評価されないだろう。
ので、時代背景を入れるのも小説における美術みたいなものだ。それがちゃんと入ってるのがグレードにつながる。ただ……バランスが難しい。




