断罪された令嬢は、醜い辺境伯に嫁ぐ。
「ナタリー、お前との婚約を破棄する!」
婚約者である王太子殿下が、口から唾を飛ばすかの勢いでそう叫びました。
王城で開催されている夜会のボールルームの中心で。壁の花となっていた私に向かって。
――――まぁ、汚い。
「お前の行動は、あまりにも醜い!」
王太子殿下いわく、王太子殿下がご執心の男爵令嬢に対して、私が酷いいじめをしたのだとか。
王太子殿下が彼女に贈ったドレスにワインをぶちまけたり、階段から突き落とそうとしたり、暗殺未遂を繰り返したり。
この国は、王族に限り側妃が認められています。
私はそれが許容できず、王太子殿下の腕の中にいる可愛らしいピンクゴールドの髪をした男爵令嬢に危害を加えたのだとか。
――――至極、どうでもいいのだけれど?
「そんな醜い心を持ったお前には、見た目が『醜い』と噂の辺境伯がお似合いだ! 王太子の命で新たな婚約者に挿げてやる」
王太子殿下がずんずんとこちらに進んで来ます。あ、ちょっと唾が飛んできました。本当に汚いので止めていただきたいのですが、興奮しきった殿下には聞こえなさそうです。
そもそも、三歳から二十歳になる今まで、ずっと正妃教育を受けていた私を排除して大丈夫なのでしょうか?
ピンクゴールドの男爵令嬢は、たしか今年で十六歳。やっと社交界デビューしてきたという年齢でもあり、教育等は特に受けていないように見受けられます。
見た目は……王太子殿下の好みそのもの。零れ落ちそうなほどの瞳とお胸、プルプルの唇が印象的ですから、側妃としては合格なのでしょうが。
「何を考えているのかわからない無表情も、その気持ち悪い赤い目も、これで見ずに済むと思うと清々する!」
殿下が何やら叫んでいますが無視でいいとして。
ボールルームの王族席にいる国王陛下に視線を向けると、まさかの真顔でした。流石国王ですね、表情や仕草から何も読み取れません。
ボールルーム入口に立ち竦んでいるお父様に視線を移すと、魚のように口をハクハクとさせていました。この国の三大豪家と呼ばれる侯爵家当主として、その反応はどうなのでしょうか?
でも、そのおかげでこの事態はお父様も知らなかった、ということがわかりました。
「承知しました」
「――――は?」
「ですから、承知しました、と」
了承を伝えると、王太子殿下がなぜかぽかんとした表情です。
「いや、もっとこう…………あるだろう?」
「そうですね――――」
言いたいことは色々とありますね。
「殿下が自ら判断し行動されたようなので、成長お慶び申し上げます」
三歳の頃からずっと一緒に教育を受けていましたが、成績は散々たるものでしたし、ご自身で何かを決定することがとても苦手でしたから。
それに、弟君である第二王子殿下の優秀さに、いつ王太子を降ろされるかという恐怖で毎日のように嘔吐しそうになっていたのが、彼女と出逢ってからは自信に満ち溢れた表情と態度になりましたし。
だから私は、男爵令嬢の存在を認めていたはずなのですが。
「彼女と二人でこの国を支える、国民たちを護っていく、と決められた門出の日に、私の余計な口出しは不要でしょう。潔く、跡を濁さず去らせていただきます」
カーテシーをして踵を返すと、王城内を歩き馬場に向かいました。
後ろでなぜか王太子が怒号を上げていますが、参加者たちのざわめきのせいでよく聞こえませんし、唾が飛んで来そうなので戻りたくはありません。
何か必要事項があれば、きっと家を通して連絡してくるでしょう。
「ナタリー、これはどういうことだ」
「私も何がなんだか」
お父様が焦りからか、私と同じ焦げ茶色の髪を何度も掻き上げています。あまりガシガシしますと、禿げますわよ?
「……気にするところはそこか?」
「隔世遺伝するという噂もありますし。いつか産まれる子どもの頭皮が心配です」
「誰の子を産むつもりだ」
「辺境伯ですが?」
先ほど、王太子命で辺境伯と婚約が決まりましたし。
「…………あの、引きこもりの醜い獣、と噂のか」
「ええ。でも、先の戦で素晴らしい戦績を残されている方でしょう?」
「そうだが」
「辺境伯であれば家格も落ちませんし、良いのでは?」
「お前はそれでいいのか? 今までの努力は?」
お父様の眉間に深い皺が刻まれました。
「あら、このまま行かず後家になるのとどちらがよろしくて?」
「む――――うん。まぁ、それはそれであれであって、あれなのだが」
「はっきりおっしゃられていいんですよ?」
「辺境伯に嫁入りしておけ」
「はぁい」
お父様のエスコートで、クスクスと笑いながら馬車に乗り込みました。
馬車の窓から移りゆく景色を眺めること二週間。
やっと、辺境伯領に到着です。
屋敷に向かうと、スンとしたシルバーグレーの執事に真っ暗な執務室へと通されました。
「……よく、来たな」
ドアを開いたおかげで薄暗闇となった執務室の奥から、男性の声が聞こえてきました。
執務机に体格がしっかりとした男性が座っているような気がする、という程度しか見えませんが。
三十とお伺いしていましたが、声はとても落ち着いた壮年の男性のように感じました。
低くい重厚感のあるタイプの声ですね。王太子殿下の耳をつんざくようなキーキー声とは比べ物にならないほどに、安心感を覚えます。
「お初にお目にかかります、ナタ――――」
「挨拶はもういい」
名乗る前にぶった切られてしまいました。名前も言わせてもらえないとは。
迎えがなかったことや事の経緯から考えても、歓迎されてはいなさそうだとは思っていましたが、どうやら私の立場はかなり危ういもののようですね。
シルバーグレーの執事に、客室に案内されました。
「客室、ですか」
「何か文句でもございますかな? 主人の決定ですが」
「いいえ。それより、侍女かメイドはいますか?」
王太子命により、使用人を連れて行くことは禁じられていましたので、こちらの使用人を一人だけでも付けていただければ、と思っていました。
ですが、この屋敷に入って執務室から客室と歩いてきて、女性の使用人の姿を全く見ていませんでした。
「侍女長がいますが、彼女は私と同じく老齢なうえに主人の担当でしてね。ナタリー様の身支度は全てご自身でされるとお伺いしていましたが?」
「あら、そうなのね。わかったわ」
王太子殿下の差し金というか、嫌がらせでしょうね。
それに、身支度は自分でできるから問題ないのよね。
「では、失礼いたします」
執事が恭しく礼をして部屋を出ていきました。
私の嫁入り道具が入った箱や鞄は、男性使用人たちが部屋に乱雑に積み上げて行きました。
彼らから少し遅れ、ふわふわの金髪を揺らしながら、おぼつかない足取りで鞄を運んできたフットマンの少年が、べしゃりと転けてしまいました。そのときに盛大に鞄の上に倒れ込んだせいか、ガシャンとガラスの割れる音がしました。
「ひっ!」
座っていたレターデスクから立ち上がり、少年に近づくとまさかの悲鳴。
私の見た目はそんなに怖いのかしら?
焦げ茶色のストレートヘアーと赤に近いオレンジの瞳で無表情。どうやら王太子殿下は気持ち悪がっていたようですが。
「もももっもももうしわ――――」
「大丈夫? 怪我してない?」
「へ?」
少年に立ち上がるよう促すと、慌てた様子で起き上がりビシッと直立不動になりました。
「怪我は?」
「え……あ、ないです」
「そう。良かったわ」
「えっと……鞭打ちとかにしないんですか」
「はい?」
もしかして、十にならないくらいの子どもを鞭打ちにするような女だと思われているのかしら?
少年いわく、王太子殿下から届いた手紙の束に、使用人をいたぶるのが趣味だとか、金を湯水のように使うとか、そういったものが大量に書かれていたそうです。
「…………よく、辺境伯は私を受け入れたわね?」
「え、だって、王族の命令ですし」
「道中に事故に見せかけて殺せばよかったじゃない」
「ご主人様は、そんな非人道的なことはしませんっ!」
慕っている主人を馬鹿にされたと思ったのでしょう。少年が顔を真っ赤にして――ちょっと泣きそうな顔で怒っているわね? あらまぁ、どうしましょう。
「そうよね、ごめんなさいね。許してちょうだい?」
「っ、はい。ゆるし…………ます?」
「ねえ、あなたの名前は?」
「え…………なんで?」
少年が顔面蒼白になってしまいました。ふわふわの金髪も心なしか萎んで見えるのがちょっと面白いわね。
「名を知らないと、名を呼べないでしょう? 君に話しかけることもできないでしょう?」
「オイとかガキでいいんじゃ?」
「嫌よ」
「えぇ? 急にわがまま――――」
ふわふわの少年はコニーと名乗ってくれました。やっと一歩進めた感じがします。
「コニーね。よろしくね」
「はぁ……よろしくお願いいたします?」
そして、その日からコニーと少しずつ話すようになりました。
辺境伯の屋敷に来て一ヵ月。
初日以来、辺境伯とは会っていません。
この一ヵ月間の私はどう過ごしていたかというと、基本的にはコニーを捕まえて私の相手をさせていました。
今日は、庭園のガゼボでお茶の相手。
この屋敷で働く使用人たちのこと、この領地のことを色々と教えてくれるのだけれど、辺境伯のことになると、直ぐに口を噤んでしまいます。それでも、他のことについては思ったよりも収穫があり、助かりました。
先ず、ここで働く者たちは、退役軍人たちがほとんどだということ。どうりで体格が良いはず。
そして、コニーたちのような幼い子も数人いたり、若い子もわりといる。彼らは戦争孤児なのだそう。
辺境で戦争があったのが、六年前。
コニーがここで働き出したのも六年前。コニーは八歳なのだけど、本人いわく働いていた!とのことなのでツッコミは横に置きました。
「聞けば聞くほど、良い人よね。辺境伯」
「でしょ!」
ふわふわの金髪を揺らしなが誇らしげに笑うコニー。よしよしと頭をなでていると、後ろから重低音が聞こえてきました。
「なるほど。そうやって、子どもを手籠めにしているのか。コニー、持ち場に戻れ」
「っ、ご主人様! もうしわけござりゅませんっ」
コニーが噛みながら謝ると、走って逃げてしまいました。
ご主人様と呼んだということは、この人が辺境伯なのね?
後ろになでつけた黒いショートヘアーは毛先が少し跳ねており、気の強さを表しているよう。それを補強するかのような、力強い眉と黒い瞳。
そして、右頬には大きな傷。
剣での怪我なのか、もっと他のものなのか、傷が幾重にも重なり少し肉が抉れているようでした。
「コニーを責めないでくださいませね?」
「当たり前だ。責めなどせん」
「ありがとう存じます」
立ち上がりカーテシーをすると、辺境伯が目を見開きました。その際、傷が引き攣るのか少し表情が痛そうに歪んでいました。
「…………俺の顔を見て叫ばなかった女は初めてだな」
「あら? もしかして、『醜い』とはソレのことですの?」
「ああ。コレのことだが?」
隣国が無理に攻め込んできた国境線での戦の後、戦績を褒章するための祝賀会が王都で開かれました。たしかその時、辺境伯が出席されず中止になったと記憶していました。
王城に宿泊することになったが、上級侍女たちのほとんどが怖がり、数人は泣き叫び、数人は気絶したとか。元々、自分の領地でさえも女性たちに傷を恐れられ目を背けられていたらしく、それからは引きこもるようになったのだとか。
「まぁ! それだけであんな大きな噂になるものなのですね」
「それだけ…………か。コニーの言うように、お前はかなり頭のネジが飛んでいるのかもな」
ちょっと待ってよ、コニー。貴方、一体全体どういう説明をしたのよ、辺境伯に。
「飛んでませんが?」
「っ、フハハハッ! いたたた……」
なぜか辺境伯に笑われてしまいました。
「痛いんですの?」
「ん? ああ。引き攣る感じとビリッとした痛みがな」
「ふぅん」
一歩、また一歩。
辺境伯に近付き、彼の頬に手を伸ばすと少し嫌そうな顔をされました。でも気にせず頬に触れると、彼は仕方なさそうに受け入れます。
――――あぁ、優しすぎるのね。
『引きこもりの醜い獣』と揶揄される辺境伯は、他人を慮り過ぎなのだと気付きました。
「触れるだけも、痛みますの?」
「そんなには」
「あら、良かった」
「なぜ?」
「夫婦は触れ合うものでしょう?」
そう言うと、辺境伯の目が点になってしました。次いで、また大笑い。
何がそんなに面白いのかとお伺いすると、王太子殿下からの手紙と違いすぎると言われました。
「お前はここで何をする気だ?」
ひとしきり笑い終えたあと、辺境伯が鋭い目つきになり、そう聞いてきました。
ここは本心を語った方が良いのでしょうね。
「さぁ? 妃教育も帝王学も受け終えていますし、ここを第二の王都にするために動くのもいいかなぁとは考えていましたよ。辺境伯と愛を育むのも楽しそうですが」
「なるほど。王太子はひとつだけ確かな情報を入れていたのか」
――――はい?
「お前は、俺に似合いの『恐ろしい女』だと」
「あら? 褒め言葉ですかね?」
「フハハハハッ! 多分な」
辺境伯が楽しそうに笑われているのを眺めていましたら、彼がまた真面目な顔になりました。
「ユリウス」
「はい?」
「俺の名だが? 知らなかったか?」
「いえ、急にいまさら名乗られたので、何かなと」
「そこの察しは悪いのか。名前で呼んでいい」
なぜか急に尊大な態度です。これは――――。
「……名前で呼んで欲しい、と?」
「フハハハハハハ! そうだ。呼んでくれ」
「うふふ。素直ですね? これからよろしくお願いいたしますね、ユリウス様」
「ん」
初めはどうなることかと思いましたが、良く分からない罪を擦り付けられ、断罪され、辺境に島流しの勢いで嫁がされましたが、なんとか上手くやっていけそうです。
「とりあえず、結婚式の日取りでも決めて、あの馬鹿王太子を招待してやるか?」
「あら、素敵な案ですわね」
辺境伯――ユリウス様は、戦を収めるだけの力も精神力もあるし、辺境を統治する力もある。そもそもが結構に好戦的なお方だったようです。
王太子殿下、泣かされないかしらね?
ちょっとだけ可哀想に思えてきました。
男爵令嬢に抱きついて、慰めてもらえると良いわね。
私は私で、この辺境で幸せになりましょう。
きっと、それがお互いのためね。
―― fin ――
読んでいただき、ありがとうございます!
ブクマや評価などいただけますと、作者のモチベになりますですヽ(=´▽`=)ノ
「ほほん? 他のも読んでみようかな?」
ってなった、そこのあなた!
電子書籍化予定の作品等もありますので(小声)
下のリンクからぜひぜひ!!!(大声)
ではまた何かの作品で。
笛路