76話 白虎は鬼に見送られ、戦場へと赴く
「今度は普通に遊びに来な。連絡してくれればアタシも休みを調整するからさ」
「はい。鈴火お姉様。お姉様も『蒼穹』に来られることがあれば、是非ご連絡ください」
「ああ。もちろんさ」
昨夜の黒曜堂峰様との会談の後、再び『黄昏』の日ノ本第一ホテルに宿泊したアタシ達は、琥珀お嬢様のストレス発散のためのショッピングをこなし『蒼穹』への帰路につくこととなった。
その峰様の手配で、あの隕石の再調査は今晩となったそうで、今はその準備が隕石街で行われているらしい。これ自体に『セフィロト』の護衛官にやることはなく、この間は護衛は一人いれば充分ということで、師匠一人を残し、鈴火お嬢様と山本さんが、こうしてホームまで見送りに来てくれたという訳だ。
ただし、アタシからふたりの姿は見えない。
なぜなら、アタシよりもふたまわりは大きいタコのぬいぐるみを抱きかかえていたからだ。タワー都市『黄昏』のマスコットキャラクター『オクトパチュ君』。ちなみに『蒼穹』にはそんなものはない。各自治体、もしくはタワー管理AIの性格によるのだろうか?
アタシにとっては邪魔でしかないが、旦那様が計画している余り者特売セールのせいで機嫌の悪くしていたお嬢様が、ご機嫌に戻ったので良しとするしかない。
アタシのお嬢様御接待用具の詰まったバッグはランスに持たせている。
本当はオクトパチュ君のほうを持たせたかったのだが、顔をそらして「我は護衛だから」とほざいて拒否しやがった。
「翼も元気でな。琥珀のことよろしく頼むよ」
言葉自体はいたって真面目だが、声が震えている。笑いをこらえているのが、姿が見えなくとも目に浮かぶ。
「ありがとうございます。鈴火様。お嬢様、私もご挨拶したいと思いますので、コレをぶん投げてもいいでしょうか? 線路の方に」
「だ、駄目だ!そのオクトパチュ君はここでしか手に入らないし、期間限定バージョンの桜柄なんだぞ!私自身だと思って大切に扱うんだ!」
余計ぶん投げたいわ!
アタシの不満を吹き飛ばすかのような豪快な笑い声が、ホームに吹き荒れる。
「アンタら本当におもしろいねぇ。普通の主従じゃない。いいじゃないか。三十六名家の呪縛は、並じゃ千切れないよ。非常識上等さ」
琥珀お嬢様が不満げに答える。
「私としてはもう少し、私に敬意を払ってもらいたいのですが」
「無茶苦茶はらってるじゃねえか」
小声で零れた心の声は、発車を予告するベルに掻き消される。
「それでは参ります。どうかお元気で」
「あんたもね。負けんじゃないよ」
「はい!」
ランスが一足先に車両への乗り入り口である車両の連結部に乗り込み、アタシがとても苦労しながらそれに続く。
車両の中央まで進んでから、横目で客席に続くドアの窓ガラスを見る。
そこには真っ直ぐに前を見つめ、力強く前に踏み出すお嬢様の横顔があった。
扉が閉まることを知らせるアナウンスが流れ、静かに扉が閉まる。
アタシはオクトパチュ君のせいで振り返れなかったが、お嬢様は振り返り、扉の向こうの二人に頭を下げる。
地下鉄がゆっくり動きだすと、その動きに合わせるかのように、お嬢様もゆっくりと頭を上げる。
こちらに向き直ると、憐れなアタシの背中に力強く声をかける。
「さあ、帰って二か月後の闘いに備えなければな。忙しくなるぞ。お前達にもこれまで以上に働いてもらわねばならん。頼りにしているからな」
「うむ!任せてくれ」
ランスだけが返事をする。映画であれば「はい!」と二人揃って力強く答える、カッコいいシーンになるのだろうが、オクトパチュ君を抱えているアタシに、それは叶わない。
「やっぱりコレ、ぶん投げていいですか?窓の外に」
「だ、駄目だと言ってるだろうが!」
お嬢様の魂からの叫びが、狭い連結部に響き渡った。
3章幕となります。ここまでお付き合いいただきありがとうございます。4章はライターとの仕事の兼ね合いをみつつ投稿できればなと考えております。




