71話 ネズミは馬槍の上でチョロチョロと
「う~ん。ちょっと準備が足りなかったかな。もう少し照明はしっかりしてると思ったんだけど」
教授が薄暗い広場をチョロチョロと動き回りながらぼやく。
「あらためて来ればいいでしょう。大将、もう他に動いているような音はきこえないんだろう?」
師匠が残念がる教授を宥めながら、ランスに言葉を向ける。
「うむ。どのセンサーを用いても、この辺りにはいるのは、微生物や本物の虫を除けば我らだけのようだな」
ランスは頷きながらも薄明るい照明の灯りが届かない奥を指さす。
「教授。箱の向こう側に力づくで掘られたような横穴があるようだ。音の反響や空気の流れから見るに、さっきのヤツらはそこから這い出てきたと思われるぞ」
「ホントに⁉ どこどこ⁉」
待ちきれないとばかりに、ランスの軍服の袖を引っ張り案内しろとせがむ。
ランスがアタシをチラリと見るので、アタシは琥珀お嬢様をチラリと見ると、琥珀お嬢様が鈴火お嬢様をチラリと見て、鈴火お嬢様が師匠をチラリと見た。
視線の輪から外れた山本さんの恨めしそうな視線も浴びつつ、師匠がお手上げのポーズをとってみせる。
「OK。そこだけ確認しましょう。なにがあるのかをとりあえず確認したら、詳しい調査は後日に、黒曜堂お抱えの作業員達を交えてってことで、いいですね?」
師匠からの了承がでて、教授が手を叩いて喜ぶ。
「もちろん! 準備が足りないのは間違いないし、いまは確認するだけさ。危険がないなら調査は黒曜堂と合同でした方が、峰ちゃんの顔もたてられるしね。ささ、ランス君。急いで、急いで」
「わかった。案内する。案内するから引っ張るな!」
面倒になったのだろう。ランスははしゃぐ教授を抱え上げ、目からのライトで照らしつつ、積み上げられていた箱を回りこんで奥へと向かう。
「調査は後日か。それにも参加できんかな。日にちがわかればそれに合わせて―――」
「学校を休むことになっては、旦那様に無駄に目をつけられますよ」
琥珀お嬢様の考えを察してツッコミを入れる。いまのところ、琥珀お嬢様の父親で日ノ本家の当主である日ノ本獅童様は、お嬢様の動きを束縛する様子は見せてはいない。学生であるうちは自由にさせておこうとしている風である。
だが、それもどこまでが許容範囲であるか不透明だ。
今のところアタシの雇い主はお嬢様ではなく旦那様。実際のところメイド長経由で琥珀お嬢様が無茶なことをしないように、言動を管理するように言われている。
立場上、意見することができる訳ではないから、それとなく誘導しろということだ。だが、この自由人なお嬢様をアタシに誘導できるとは思えん。
とにかく、この人がやりすぎないように頑張るしかない。雇い主がお嬢様に切り替わる前にクビにされたら、本末転倒。お嬢様の計画は、旦那様の逆鱗に触れないように進めねばならない。密やかに、でも確実に……難易度高すぎるわ、ボケェ!
「ぐぬ。わかっている。父のお目こぼしを最大限に活かさねばならんことは。でも……ぐぬぅ」
頭を抱える琥珀お嬢様に、鈴火お嬢様は高らかに笑う。
「まあ、大人しく帰んな。このことに関してはもう関係者になったんだから、あとからわかったことは連絡してやるよ。それくらい問題ないですよね?」
話を振られ、師匠はため息と舌打ちを続けざまに地面に吐き捨てる。
「俺に聞くな。お月さんと話せ。教授や黒曜堂の当主の了解を得たうえでな。ほら、要護衛者が行っちまうぞ。ぼやぼやすんな」
面倒そうな話を振られた不快感を隠すことなく、師匠がランスのライトの灯りが漏れてくる箱の向こう側へと消えていった。




