70話 糸の切れた人形の上で鼠は跳ねまわる
だが伸びたノズルからはなにも出てくることはなく、シュコーという空気が抜ける音だけが聞こえてくる。結局、蟻はもがきながら為す総べなく、鈴火お嬢様の手によって順番に足を折られていく。それほど手こずっている様子はない。
考えてみれば、こいつらは最初から隕石の中にいたとしか思えないもんな。隕石の入り口は終始監視されているから、外からの侵入は難しい。つまりコイツらは200年近く前から存在していた可能性さえあるってことか。
そりゃあ老朽化もするわな。
アタシは納得して踏みつける位置を顔の側面から首元に移し、力を込めた。
抵抗は感じるが、足の裏に少しだが崩れるような感触がある。
アタシは踏みつけていた足を一度振り上げ、勢いよく蟻の首元に振り下ろした。
鈍い音をたてて首が砕け、蟻の頭が転がる。ただ残っている足がワキワキと動いているのを見ると、頭は攻撃や視界情報を得る為だけのモノなのかもしれない。
まあとにかく、機能停止をしてないにしても無力化はできたろう。
他の戦闘の援助に入ろうと振り返るが、助けるべき戦場などなかった。
蜘蛛のアンドロイドは、足がバラバラになっていた。砕けている訳ではない。足の節の関節とか身体の根元から綺麗に取り外されている。
蜘蛛の対面には、両手でナイフを一本弄んでいる師匠。
まさかあれで分解したのか? いったいどうやりやがった。相変わらずの化物だな。
獣タイプの方は潰れるような形で地面に埋まっていた。地面から四本の足が生えて宙を犬かきしている。いや猫かきになるのか。
そのシュールな光景の横では、ランスが得意げに口髭を弾いていた。まあ、コイツらはタワー都市が建設前に作られた旧式のロボットみたいだものな。新式のアンドロイドとしては負けられまい。
「いやー、驚いたね。機械系は専門じゃないけど、歴史の塊だよ、コレ。持って帰っちゃダメかな~」
教授がロボット達を遠目に見ながら、指を咥えている。御馳走を前にお預けを喰らった子供のようだ。
「まあ、それは黒曜堂家と話し合って下さい。隕石の中のモノを彼らに断りなく持っていったら、後が面倒でしょう?」
まあねと、教授が首を竦める。
「それにしても、コイツらはなんなんでしょうか?」
もう危険はないだろうと判断し、アタシのそばまで歩み寄って来た琥珀お嬢様が、嫌そうに転がる蟻の頭を一瞥する。
「うーん、僕の想像も入っちゃうけど、この隕石の内部を大昔に護っていた警護ロボットかなんかじゃないかな。稼働停止していたモノがなにかの拍子に目が覚めちゃったみたいな」
「そういや爺さん、前から言ってたもんな。隕石はただの隕石じゃなくて、宇宙船をかねていたんじゃないかって」
「そうそう。だって考えてみてよ。ひとつの島になっちゃうような大きさの隕石だ。こんな質量のモノが空から降ってきたら、地球がどうなっちゃうかをさ」
「間違いなくこの辺り一帯吹き飛ぶでしょうね。それが地球に百八個」
「そうなんだよ! 普通に考えたら地球が滅んでいたとしても不思議じゃないんだ。緩衝着陸ってなに? 地形をできる限り壊さないように降り立つなんて、ただの隕石にできる訳ないじゃない。まだ一個なら奇跡を信じても良いけど、百八個だよ。百八!」
実際に聞かされると、今の世界の無事な姿が、いかにあり得ない状況であるかはわかるな。もちろん、アタシには専門知識なんてないから、ひとつの島にもなってしまうような大きさの隕石が、地球に落下してきた時の被害が実際にどれほどのモノかなんて、まったくわからないんだけどさ。
「まあ、それは気になることではありますが、とりあえずは周辺を探索してみませんか。それから考察した方が効率的というものでしょう」
教授を宥める琥珀お嬢様の提案に、皆がそれぞれ頷いた。




