7話 闘いに趨(はし)る者は労(ろう)す
「どうだ、翼。データは取れそうか?」
すっかりなんでも屋と化したアタシは、アンナの背中にある五㎝四方のカバーを取り外し、当然のようにバッグの中に入れてあるスマホとの接続ケーブルのコネクタを、彼女のUSBポートに差し込んで、画像データを取り出そうと悪戦苦闘していた。
まずデータを取り出すために、アンナの頭脳部分だけでも叩き起こしてやる必要があるのだが、うなじにある電源スイッチは押しても反応なし。スマホから起動させてやろうとしてもブロックされる。
「難しいです。たいていのロボットはスマホと繋いで起動させることができますが、この子はセキュリティーがしっかりしています」
さすがは『蒼穹』の神と呼ばれるAIが管理するアンドロイドだ。貞操観念が強い。もっとも誰にでも尻尾を振るようなロボットじゃ、乗っ取られまくりで、物騒なことこのうえないが。
「私にも確認させていただけますか?」
部屋の入り口から見張りをしていた鈴木さんが、琥珀お嬢様にお伺いをたてる。
琥珀お嬢様が頷いたのを見て、アタシはスマホからケーブルを抜いて彼と見張りを代わった。
相変わらずギミック太陽は戻ってきておらず、フロアは暗いまま。
だいぶ目が慣れたとはいえ、不便であることには違いない。これでは目の前の運動場のどこかに、誰かが伏せていたとしても見つけるのは難しいだろう。
いまアタシたちは、抜け出した点検口からそう離れていない中学校の体育用具倉庫に入りこんでいる。これで二度目だが、別に用具倉庫が好きなわけではない。
保健室のほうがベッドがあって休みやすいのだが、校内はもしもの時に逃げづらいからね。アタシたちが通う伊邪那岐学園と違って緊急用の抜け道は用意されていないだろうし。
もっとも電気も電波もないでは、センサーやカメラも活用できない。だから、たとえこの事態を引き起こした犯人がお嬢様がたを捜していたとしても、ピンポイントで居場所を掴むなんてことはできないはずだ。
「ありがとう。いいよ戻って」
鈴木さんが疲れた表情で戻って来る。
やはりデータは取りだせなかったらしい。
「飛鳥、喉が渇いた。人数分のお茶を頼む」
「かしこまりました」
入り口から戻ったアタシに、琥珀お嬢様が遠慮することなく要望を出してくる。
時間的にはもうお部屋で休んでいるころだからな。そろそろ要望が来るとは思っていた。
例のバッグから、お嬢様用お茶セット、紙コップ、簡易コンロ、水のペットボトルをそれぞれ取り出し、さらにお茶請けようにクッキーを準備する。
「なんでそんなに入ってるんですか?」
「山田もいろいろ準備してくれていたけど、翼ちゃんのバッグの方が二回りは大きいわよね」
亀ちゃんは呆れた様子、桃華お嬢様は感心した様子でアタシを見る。琥珀お嬢様はなぜかドヤ顔だ。
「フゥ。少し疲れたわね。これを頂いたら、少し横になってもいいかしら?」
「設備がまともに使えない状態ですから、奴らも動きっぱなしでしょう。夜は交代で休むはずです。行動を開始するのは深夜を提案します」
メイド服のスカートを摘まみながらの桃華お嬢様のご希望に、鈴木さんが沿わないことはない。
「うん。そうね。琥珀ちゃんたちもそれでいいかしら?」
「ええ。さすがに私も少し疲れました」
「孫子曰く『闘いに趨る者は労す』。慌てて動いても相手の思うつぼですからね。いまは休んで状況が動くのを待ちましょう」
ふたりのお嬢様に苦笑を向けられているが、亀ちゃんは満足そうだ。
「私と彼女が交代で見張りに立ちます。お嬢様方はそのままお休みください」
彼がアタシを顎で指し示す。
まぁ、そうなるよね。
「僕もやりますよ、見張り」
「結構です」
アタシと鈴木さんの声がハモり、彼がガックリと肩を落とした。