65話 時は何者にも平等に
船を降りるアタシ達を出迎える人がいた。
身長は琥珀お嬢様より少し高い程度。立ち姿は凛としていて隙が無い。
左耳の辺りから顎にかけて大きな傷のある、無精ひげをはやした30代半ばくらいの男。
時田進。
日ノ本家メイド選抜訓練において、実戦形式でアタシを一週間鍛えた師匠だ。
師匠が船を降りたアタシ達に軽く手を上げてくる。
「やあ、時田君。久しぶりだねぇ。元気してたかい?」
「ああ。それが取り柄みたいものだからな。教授も元気そうでなによりだ。お前らもよくきたな」
ウザい顔に爽やかな笑みを無理やり貼り付けている。
アタシにとっては胡散臭い笑みでしかないのだが、鈴火お嬢様は額面通りに受け取っているようで、にこやかに師匠に歩み寄る。
「頼みますよ、進さん。アンタが出張ってきて、厄介じゃなかった仕事はないからね。しっかりと働いてくださいよ」
「おい、少しお月さんや美麗に似てきたんじゃねえか」
師匠は声をたてて笑い、鈴火お嬢様と握手を交わした。
その様子をアタシと一緒に眺めていた琥珀お嬢様が唇を尖らす。
「私は色々と聞きたいことがあるんだがな」
「直接お会いするのは初めてっすね。訊かれても答えることは、なにもありませんよ。なんだったらそこの玩具に実力行使させてみますか?」
首をすくめながらお嬢様の言葉に応える。
「わかっている。無理に聞き出そうとは思わん。それにけしかけるなら、ランスじゃなく翼をけしかけるさ」
師匠の顔から笑顔がスッと消える。お願いだからアタシを巻き込まないで欲しい。
「教え子になら手心を加えるとでも?」
「いや、壁を乗り越えるのに必要なのは力じゃない。……執念さ」
「……なるほど。噂に違わず、おっかないお嬢様ですね」
師匠の表情が緩み、踵を返す。
「さて。とりあえずは採掘場の事務所に案内しますよ。現場に入るのは、実際に作業員の話を聞いてからでいいでしょう」
「うんうん。そうだね。まずは事情聴取。大事だよね」
教授が嬉々として師匠について行く。当然護衛である鈴火お嬢様と山本さんも続いた。
「馬鹿な。奴は人間だろう? なぜ戦闘シュミレーションでエラーがでる⁉」
ランスが驚愕の表情を浮かべている。どうやらこっそりとシュミレーションをしていたらしい。
「フッ。それでこそ『セフィロト』の切り札というものよ。私たちも行くぞ」
琥珀お嬢様がアタシと狼狽するランスを促し歩き始める。
アタシたちは採掘場の作業員の為に造られた街の大通りを抜けていく。
問題が発生しているせいなのか、元々こうなのか、昼間にも関わらず活気を感じない。
「アレが事務所っすよ。立ち入り許可とかはすでに取られたらしいっすけど、彼らはあまり乗り気ではないみたいですね」
「そうみたい。案内人を出すのは渋られちゃったからね。地図は貸してくれるって言ってたけど、地図だけだと、ちょっと不安だよね」
「それならばランスに記憶させましょう。その上で案内させればいい」
「あ、それ助かるなあ。アンドロイドありがたいねぇ」
琥珀お嬢様の提案に、教授の暗くなりかけた声音がまた明るいモノに戻る。
その高揚した気分のまま勢いよく先頭で採掘事務所に入っていく。師匠はお嬢様方に先を譲る。最後にアタシも事務所に入ろうとしたところで、師匠がアタシの肩を掴む。
「おい。あのにいちゃんは来てねえのか?」
「ん? 冬児様なら忙しいそうですよ」
「お坊ちゃんの方じゃねえよ。孫子様の方だ」
ああ、そっちか。そう言えば師匠、気に入ってるぽかったもんな。
「亀戸様を連れてくる理由がありません。会いたかったのですか?」
師匠は、なぜか苦虫を噛み潰したような苦い顔をする。
「いや、そういうわけじゃないんだが……。なあ、アイツに兄弟はいるのか?」
亀ちゃんにお兄さん? そういや次男だったな。
「直接お聞きしたことはありませんが、確か次男であったと記憶しています。私よりもお嬢様の方が、亀戸様に関してはお詳しいですよ。亀戸様のお兄様がどうかしたのですか」
師匠が嫌なモノを振り払うかのように首を振る。
「ちょっとそれっぽいのに出会ってな。ただあのにいちゃんみたいな可愛げはねえな。正真正銘の化物だ。できれば二度と会いたくねえ」
正直ちょっと驚く。
いま師匠が言った台詞。普段ならこの人が周囲に言われることだ。
あの普段はぼーっとしてる亀ちゃんのお兄さんが、化物と言われても実感がわかない。……ちょっと興味あるな。




