60話 白虎は鬼に尾を振り戯れる
「そろそろ約束の時間か」
ホテル一階のロビーに設置されているソファーに腰をかけ、アタシがホテルの厨房を借りて用意した朝食のサンドイッチをペロリとたいらげた琥珀お嬢様が、ホテル入り口に目を向けた。
まるでそれを待っていたかのように、自動ドアが開き、ふたりの女性が入ってくるのが目に映る。
「あれ?」
二人の姿がはっきり見える位置にまで来ると、お嬢様が不思議そうに呟き、思わずと言った様子で立ちあがる。
「やっぱりそうだ。鈴火お姉様!」
言うなり駆け出し、二人のうち前を歩いていた、ランス以上に立派な体格をした女性に飛びつく。
まったく。勝手に動くお嬢様は、運動能力が高いこともあって、護衛し辛いったらありゃしない。
急ぎ足でお嬢様の背後に立ったアタシは、お嬢様が飛びついたタンクトップ姿の大柄な女性をまじまじと眺める。
モアイ像を想像させる精悍な顔立ち。浅黒い肌の鍛え上げられた盛り上がる筋肉。後頭部で三つ編みにされた長い黒髪がその逞し過ぎる肩の筋肉にかけられている様子は、歴戦の戦士といった佇まいである。
ただ表情自体はとても穏やかで、その大きくてゴツゴツしている手で、抱きついているお嬢様の頭を優しく撫でている。
なんて生温かい視線を二人に向けていたら、なにかが私の眉間めがけて飛んでくる。アタシはそれを人差し指と中指で挟み込むようにして止めた。コインだ。
飛んで来た方を見れば、モアイ嬢と一緒に入ってきたアタシとよく似たメイド服を着た女性がいる。目つきが悪いことを除けばまあまあの美人さんだ。馬鹿みたいに口をポカンとあけている。このコインを投げたのは彼女か。アタシが止められるとは思わなかったんだろうな。
でもすぐに気を取り直して、あらためてアタシをにらんで指に挟んだコインをかまえる。
「お嬢様に失礼な視線を向けるとは、死をもって償いなさい」
「やめなさい。一華」
「翼、お姉様に失礼のないように」
む。モアイ嬢が向こうのメイドさんを窘め、こっちのお嬢様がアタシに注意する。
まあ実際石像と比べていたからな。失礼と言えなくもないか。
むこうのメイドさんが渋々といった様子でうなずくのを確認し、アタシは彼女たちに頭をさげる。
「失礼いたしました。このような琥珀お嬢様のお姿は初めて拝見いたしましたので、つい脳裏に焼き付けようとまじまじと見てしまいました」
「コ、コホン」
アタシの言葉を聞いて琥珀お嬢様が、バツが悪そうにマッスル嬢から離れると、わざとらしさ100%の咳払いをしてみせた。『黄昏』に来てからお嬢様の意外な一面を拝見する機会が一気に増えた気がする。ホームグラウンドである『蒼穹』から離れたせいか、隙だらけになってるんだな。
不意にマッスル嬢が豪快に笑いだす。
「こいつぁ面白い使用人ちゃんだねぇ。昔いた子は琥珀に萎縮しっぱなしだった気がするけど」
たくましい指で顎をさすりながら、興味深そうにアタシを見てくる。
「アタシは百々ノ鬼 鈴火ってもんだ。こっちは山本一華。よろしくな」
百々ノ鬼……うん。確か三十六名家のひとつにあった気がする。
アタシは差し出された鈴火お嬢様の手をためらいなく握る。
うお。凄く力強い。もしかしてアタシ以上? でもなんだろう。なんだか親近感を感じる。ちなみに山本さんはアタシを睨みつけながらも軽く会釈してきた。
「あの鈴鹿お姉様、百々ノ鬼家を離れてお仕事をされているとは、お聞きしてはいましたけれど、まさか『セフィロト』に?」
アタシの手を放した鈴火お嬢様がにんまりと笑う。
「ああ、そうさ。昨日お月さんに連絡をもらった時は驚いたよ。琥珀が日ノ本家から独立したいってのは知ってたけど、ウチに勉強しに来るなんてさ」
最初の目的は、師匠にテロ事件の真相を問い質すことだったんだけどね。
「それも面白いお供を二人引き連れてなんてね。アタシと同じ特異体質の子とアンドロイド。面白い取り合わせだよ」
……アタシと同じ?
アタシが特異体質だと知っているのは師匠に聞いたのだろうけど、彼女も同じっていうのは?
だって彼女は三十六名家のお嬢様なんだろ?
これは、タワー外で育った人間のごく一部の人間だけに見られる症状でしょ。タワー内のお嬢様に発症するものじゃないよね?
アタシは鈴火お嬢様に奇妙なモノを見る視線を向け、再び山本さんににらまれた。




