6話 糸の切れた人形は、舞い上がる鳥に運ばれて
「お嬢様方はここでお待ちください。私がまず上の安全を確認してまいりますので」
合流地点から300m程歩いただろうか。
鈴木さんが上のフロアへと続く梯子を上っていく。重量のありそうなものが押し開かれる音が、闇に溶けて聞こえてくる。
「問題ありません。どうぞお上がりください」
彼の言葉に、アタシは三人を先にあがらせ、周囲を警戒しながら最後に上へとあがる。別に亀ちゃんはよかったのかもしれないが、一応お嬢様達の学友になるからな。しんがりはアタシがやらないと。
どうも、鈴木さんは山田さんと同じ立場のアタシが、琥珀お嬢様の身代わりになっていないことが気に入らないようだ。これ以上無駄に刺激はしたくないし、イケボに冷たい言葉をかけられたくもない。少しは見直してもらわないとね。
「どなたかいらっしゃるのですか?」
点検口から顔をだしたアタシは、闇の中にアタシたちとは別の人影が直立しているのに気づき尋ねた。
「アンナロイドのようですね。稼働はしていないようですが」
亀ちゃんが代表して答えてくれる。
ああ、案内用アンドロイドね。
各フロアに20機くらいずつ配備されている、ジュピターが行動を管理する人型ロボット。
なぜかアタシ達と同じメイド服を着せられていて、一般の人への対応は道案内が多いのでそう呼ばれている。
ただ実際の業務は警備、清掃、運搬など多岐にわたっている。ちなみに愛称は『アンナ』。
「鈴木、これはここにあったの?」
「いえ、あちらの通りで活動を停止していた個体です。この蓋を開ける為のツールを取り外す必要がありましたし、こちらに戻ってきたら停電前後のデータを確認したいとも思ったので、こちらに寄せておきました」
彼がT字路になっていると思われる方向を指さす。
アタシたちが地下から出てきた出入り口は、建築物外通路の突当りになる。
本来業者が出入りする点検口は、このように建物の外にある通路の端にあるものなのだろう。あの用具室にあった入口は本当に緊急用なんだね。
「そうね。何かわかるかもしれない。ただ場所を変えた方がよさそう。鈴木は先行して安全を確保してちょうだい」
「了解しました」
彼がすぐさまT字路にむかい、慎重に通路の先を確認している。
「亀戸さんと翼ちゃんは申し訳ないのだけれど、それを運んで来て下さるかしら。鈴木の手を塞いでしまうわけにはいかないから」
亀ちゃんはすぐにうなずき、アタシは琥珀お嬢様に目で了解を得てから「かしこまりました」と頭を下げる。
「亀戸様は私のバッグを持ってください。アタシがそのアンナロイドを運びますので」
「え?」
アタシがバッグを押しつけると、ふらつきながら目を丸くする。
「お、重いんですけど」
「『アンナ』よりは軽いです。それとも相手が例えアンドロイドでも、女体はまさぐりたいと?」
「い、いえ! でもそちらは一人じゃ―――」
アタシは「ほっ」と掛け声をいれて『アンナ』を担ぎあげ、彼に目をむける。
ちょっと平和ボケしてるみたいだから、リハビリがてらに身体を動かさないとね。
「なにか?」
「なっなんでもないです」
アタシは顔を引きつらせた亀ちゃんを尻目に、鈴木さんが警戒を続けているT字路にむかうお嬢様たちを追いかけた。