59話 馬槍にとまりし鳥は、白虎の毛づくろいに忙しい
おはよう。
ベッドから起き上がり、カーテンでしきられた隣のスペースを覗く。大きな天蓋付きベッドの上で、お嬢様がたいへんお行儀よく寝ていらっしゃった。ぐっすりと眠っている。問題はなさそうだ。外敵はアタシたちが処分できるし、美人薄命とは無縁な健康優良児だからな、お嬢様は。
ベッドの脇へと戻り、充電していたスマホを手に取る。時刻は五時ジャスト。目覚まし無しでも狙った時刻に起きれるようになったのは、訓練の賜物だ。
物音をたてないように、慎重にかつスピーディーにいつものメイド服に着替えると、部屋の入り口へと向かう。
ホテルの廊下へと続くドアの前に、直立不動の体勢を取るランスの背中が見える。
アタシはランスの背後に立つと、ヤツの股間を蹴り上げてから小声で声をかけた。
「起きなさい、ランス」
ウィーンという小さな駆動音がして、ランスがこちらに振り返る。
彼もアタシにあわせて小声で挨拶をしてきた。
「おはよう、マスター」
「おはよう、ランス。寝ている間に異常はありませんでしたか?」
「目が覚めなかったからな。特に異常はないはずだが、念のためカメラ映像を確認する」
そう言って目を瞑り、すぐに大きく目を見開く。
「マスターに股間を蹴られている」
「私なりの愛情表現です」
「さすがマスター。愛が過激だ。三十六名家の人間にプロポーズされるだけはある」
ぐっ! 思わぬ反撃がきやがった。
冬児さんは『セフィロト』経営陣との面会のあと、お嬢様の遊び心を巧みに利用して、アタシと連絡先の交換を済ませると「また『蒼穹』にも顔をだすよ」と頼みもしないひと言をアタシに投げかけ、さっさと立ち去る。
まあ、分家とはいえ三十六名家の後継ぎ。それなりに忙しいのだろう。ちなみに風御門は医療を中心に活動している家らしい。ああ見えて冬児さんも医療免許を持っているらしい。VTOT機を飛ばせたりと以外に芸達者だ。小心者だがな。
一方アタシ達は、『セフィロト』の安生地兄妹の提案通りに、仕事を終えて『黄昏』二十階のホテルに迎えに来た彼らに案内された別フロアのレストランで、食事を楽しみつつ、社長の会社立ち上げからここまでの武勇伝?を聞かされた。
アタシと副社長はその荒唐無稽な内容の話を呆れて聞いていたのだが、お嬢様となぜかランスも一緒になって目を輝かせてその話に耳を傾けていた。
結局、本日の予定の詳しい話は聞きそびれる。
わかっているのは、八時にこの日ノ本家系列、その名もズバリ『黄昏』日ノ本第一ホテルのロビーに『セフィロト』の特級護衛官と上級護衛官が一人ずつ、計二人が迎えにくること。依頼主の名前が寝頭庫智水という老いた歴史学者であるということのふたつ。
まったく。こっちはお嬢様のお世話をしたり護らなきゃいけないんだから、もうちょっとしっかりとした情報を渡してもらわなきゃ困るっつーの。
「それはいいとして、ランス。寝頭庫智水という人物の情報は?」
「うむ。この間、更新したデータの中にあるぞ」
自身の身体に組み込んだ対外電波妨害装置の関係上、ランスは無線で情報を引き出すことはできない。なので日ノ本家にいる間に、パソコンからケーブルを使ってデータを更新してきた。
『蒼穹』で、ランスは正式にジュピターから琥珀お嬢様に譲渡されているので、妨害装置がなくても、ジュピターに身体を乗っ取られることはまずないだろうが、ジュピターにできることは他のタワーの管理AIにもできる。念のためこちらで対処しなきゃね。
「プリントアウトするか?」
「いえ。口頭でお願いします」
こうしてランスは約二時間に渡り、一応頭に入れてきた『黄昏』のマップの再確認も含めて、ランスと本日の護衛の打ち合わせをする。
そうこうしている間に、お嬢様の寝室から大きく伸びをする声が聞こえてきた。
七時ジャスト。
琥珀お嬢様も、なかなか時間に正確である。




