54話 北風が吹きつけるのは身か心か
「ええ、お久しぶりです。そして、さようなら」
お別れの言葉を告げ、速やかに取り出したスマホに向かってしゃべってみせる。
「あ、警備所ですか?」
「待て、待て、待て!」
手を伸ばして通話を阻もうとしてくるが、アタシは華麗に躱しつつ、これ見よがしにため息をついてスマホをしまう。元々通話はしていないからな。
「鬱陶しいです。いろんな意味で。なにか用ですか。すでに協力関係は終了していますし、皇家の顔色を窺うなら、こちらに近づかない方がよろしいかと思いますが?」
「お。心配してくれるんだな」
アホか、コイツは。
「一緒にいても問題ないのなら来てください。こそこそついてこられることにお嬢様はたいへんご立腹です。三十六名家の人らしく堂々と行動してください」
「ああ、わかった。でもさすがだな。これだけ人がいれば、絶対気づかれないと思っていたんだが」
気づいたのはアタシではないが、ご丁寧に答えてやる理由もないので、アタシは黙って踵を返し歩き出す。冬児さんは特に気分を害した様子もなく素直についてくる。
地下鉄の改札を抜け、上階へと続くエレベーター前でお嬢様がたに追いつく。
冬児さんがお嬢様がたに軽く挨拶をする。あとをつけていたことに関してはおくびにもださない。
冬児さんの持つ通過パスカードで、『黄昏』の上流階級方専用のエレベーターにアタシたちのみが乗り込む。エレベーターのドアが閉まると、お嬢様が冬児さんに核心をつく質問を投げかける。
「それで私たちにどんな用事ですか? いくら黄昏では発言権の強い風御門分家と言えど本家の意向を完全に無視はできないでしょう?」
「言いたいことはわかりますが、特に本家から『日ノ本家や大和家と交流するな』などという指示はきていませんよ。皇家も風御門家も本家が『黄昏』から『蒼穹』へ移ってから百年以上たってますし、まだ皇家から婿を迎えた訳ではありませんからね」
「なるほど。分家の娘を本家の養子に迎えて皇家から婿をいれるということか」
「ええ。まだその娘を複数の分家から選んでいるところです。分家も早くから婚約を済ませているところは多いですからね。誰が選ばれることやら。少なくとも自分は皇家に派手に敵対する真似さえしなければ、本家にとやかく言われることはありません」
お嬢様は納得したと頷き本題に話しを戻す。
「それでどういったご用件ですか?」
「私がホームで皆様をお待ちしていたときかいらっしゃいましたから、偶然に姿を見かけて挨拶をと思われたわけではありませんよね」
乙顔さんがさりげなく冬児さんの言葉の逃げ道を塞ぐ。
「ああ、その時からもう気づかれていたんですか。本当に『セフィロト』って人材の宝庫ですね。ええ。事前に琥珀さんが『黄昏』に来ることを掴めたもので。もっとも別に隠密行動ではなかったようですし、こちらもその程度の情報を掴む力くらいはありますよ」
「それで何しに来たんですか?」
前置きが長い。エレベーターが八階に到着してしまったじゃないか。
アタシはイライラしながらせかすが、冬児さんは照れくさそうに頭を掻きながらお嬢様たちに続いてエレベーターを降りる。
なんなんだコイツは。
「いや、本当は皆さんが用事を済ませて、セフィロトから出てきてから偶然を装って出会うつもりだったんですけどね。まあ、仕方ないか」
降りてすぐにお嬢様方が立ち止まったため、冬児さんも立ち止まりようやく諦めて語りだす。
「結婚を申し込もうと思いまして」
瞬間、アタシは冬児さんの顔を優しくひっぱたいた。




