53話 冬は空飛ぶ鳥を追いかけて
「ランス、仕事をしなさい」
「無茶言わんでくれ。この人出だぞ。しかも向かっているのは上階に続くエレベーターだ。同じ方向に進む者などいくらでもいるだろう。本当に我らをつけているのか?」
ランスに取り付けた電波妨害装置は、コイツ自身が使うセンサーには影響がないのを思い出し、小さな声で叱責してみたが、言われてみれば確かにこの環境で尾行に気付くのは、相手がよっぽど阿呆でもないかぎり難しい。
でも、アタシたちの背後に向けられる乙顔さんの色っぽい流し目は自信に満ちている。
「少し歩行速度に変化をつけながら来ましたが、こちらに合わせてあちらも歩行速度を変えて距離を一定に保っています。間違いありません。それも他のかたが私と琥珀様に目を奪われているのに、ただひとり飛鳥さんに熱い視線を送っていますから。それだけでも異質と言って良いのではないでしょうか」
さりげなくディスられてない? この面子でアタシに見惚れるヤツは変態みたいな?
不満を抱くアタシの横で、ランスが後ろを振り返る。自分が気づけないのに人間が気づく。それがプライドに触ったのか、口を尖らせていた。
「ありゃ」
ところがそんな彼が間抜けな声をあげて、目をこする。
「どうしたのですか?」
「うむ。人混みの中にひとり見知った顔があった。おそらく尾行していたのはあいつだろう」
「ランスさん。分家とはいえ名家三十六家に名前を連ねるかた。あいつ呼ばわりはいけません。主の品格を疑われてしまいますよ」
乙顔さんの言葉にランスが怪訝そうにアタシを見る。
「品格? ああ、グランドマスターのことか」
……おい、コラ。スクラップにすんぞ。
コイツには後で罰を与えるとして、三十六名家の分家で見知った顔と言ったら……冬児さんか?
「ああ、風御門家の彼か。そう言えばお前の身をかなり案じていたようだな。退院したあとに連絡はしたのか?」
アタシと同じ答えにたどりついたお嬢様が、私に矛先をむけてくる。
「いいえ。私がお嬢様の指示もなしに三十六名家に連絡をいれるなど、後にも先にもテロ事件のときのみです」
緊急時でもなければ、あんな無遠慮には会話できないしな。身分の違いというのは本来であればかなり面倒臭い。琥珀お嬢様やその周囲の方々がとてもおおらかなので、アタシは助かってる。
「フム。わかった。翼、私たちはこのままエレベーターに向かうから、とりあえず連れてこい。このまま、こそこそついてこられるのも気分がわるいからな」
乙顔さんが言うまで絶対気づいていなかっただろうに、お嬢様がそんなことを言い出す。まあ気分が悪いのは同感だ。乙顔さんの話では他の三人の方がはるかに目立つにも関わらず、アタシを目印につけてきているみたいだものね。どれだけメイド服好きなんだろう。自宅にだっているだろうに。
「マスター、振り返って十時の方向だ」
「了解。お嬢様を頼みますよ」
「心得た」
瞬間アタシは振り返り、人の流れに逆らうようにして駆け出す。
呆れるほどの人混みを、アタシの身体はもちろん背負ったバッグさえもぶつけずにすり抜けていく。
アタシはものの数秒で標的を発見し、彼の前に立ち塞がる。
「よ、よう。久しぶり……でもないか」
遠慮なくにらみつけたアタシに、顔を引き攣らせた風御門冬児さんが、困ったように声をかけてきた。




