52話 白虎は女神に寄り添い世界を蹂躙す
アタシのいたいけな悩みを嘲笑うように、平板な音声で、間もなく『黄昏』に到着するアナウンスが流れた。
ジャスト一時間。
これまでのアタシが経験した長距離移動は、メイド選抜訓練の時に訓練会場までバスで長々と揺られた時以来。あの時と倍以上の距離を移動したにもかかわらず、半分程度の時間で実に快適だった。あらためてタワーが恵まれていることを感じずにはいられない。
さて感動するのも感傷に浸るのもここまで。準備しなくちゃ。
アタシは静かに立ちあがり、愛用の『お嬢様接待用セット』の詰まった大きなバッグを背負う。
途端にランスが眉を顰める。
「マスター、我が持つぞ」
「不要です。アナタはお嬢様の警護に集中しなさい。そもそもセンサーが死んでいるわけでないのなら、私の筋肉密度と骨密度は把握できているでしょう」
「ムゥ、そうであるが。見た目は乙女ではないか。その者に大荷物を持たせ我が手ぶらというのも……」
アンドロイドなのにフェミニストなのかと思いきや、自身のプライドの問題だったようだ。鬱陶しい。
「却下です。恥辱にまみれ、自身の立場を噛みしめなさい」
「イ、イエス・サー」
「翼はランスに厳しいな。さて到着したようだし行くか。迎えが来ているのであろう」
到着アナウンスに切り替わったのを合図に差し出したアタシの手を掴み、優雅に華麗に立ちあがったお嬢様に、アタシはうなずいてみせる。
「はい。師匠に直接連絡はつきませんでしたので、セフィロト本社にアポを取りました。副社長を名乗る方が最終的に対応してくださったのですが、こちらの到着に合わせ、ホームに迎えの人を待機させておいてくれるとのことです」
「わかった。それでは行くか」
ランスを先頭に個室を出て降車口へと向かう。車窓から見えるホームの様相は『蒼穹』に比べて派手な印象を受ける。壁、床、天井、全てがやたらとはっきりした色合いの装飾が施されているのだ。『黄昏』という夕暮れ時を意味する言葉を名前に冠しているくせに、哀愁を感じさせるような要素は微塵も見当たらない。
ホームへと降り立ったアタシだが、その目に一人の人物が飛び込んでくる。でもその人物に目を奪われていたのはアタシだけではない。琥珀お嬢様とランスはもちろん、ホームにいた全ての人が、ひとりの美しい女性に釘付けになっていた。
琥珀お嬢様は美しい。腹立たしいが美しい。これまでアタシが出会った女性の中でも外見だけなら断トツだ。他にアタシの知り合いの中に、三十六名家のお嬢様が二人いるが、こと外見においては琥珀お嬢様には及ばないと思う。
でもその女性はお嬢様と美しさの質が違った。
琥珀お嬢様は男装の麗人。美しさの中にカッコよさを秘めている。
対して、その人を一言で表すのなら『妖艶』。
見る人を惑わさずにおかない色気を放っている。
「日ノ本琥珀お嬢様で御座いますね。わたし、警備会社セフィロトで特級護衛官のライセンスを持たせていただいております『乙顔美麗』と申します。セフィロトを代表してお迎えにあがりました」
大きな宝石のように輝いている結った黒髪を揺らしながら、アタシたちに歩み寄る。潤いのある唇の右下の艶ボクロが、本当に色っぽい。
「ああ。迎えに感謝する。こっちはメイドの飛鳥と護衛のランスだ。よろしく頼む」
「承知いたしました。本社は八階のオフィスエリアに御座います。どうぞこちらへ」
お嬢様が乙顔さんに誘われ、隣に並んで歩きだす。
アタシとランスは周囲に目を光らせながらそれに続く。
ダメだ。周囲の視線が尋常ではないくらい注がれていて、危険なのかそうでないかの判断がつかない。ただでさえ人が多いのに!
でも気持ちはわかる。ふたりが並んで歩いていると美男美女のベストカップルにしか見えないもん!
ハラハラしているアタシをよそに、前を歩くふたりはのんびりと会話をしている。
「時田は今どこでなにをしているんだ」
「わたしにはわかりません。あの人は私たち護衛官の枠組みに、はまらない存在なんですよ。あの人の動向を把握しているのは、副社長くらいだと思います」
「ふーん、そうか。それにしてもお前のような美人が護衛官とは。しかも特級とはな。お前たちの会社の区分では一番上で、十人しかいないのだろう?」
「ウフフ。よくご存知ですね」
「ああ。ウチの警備責任者が教えてくれた。特級は人間じゃないとな。確かにお前の美貌は人間を超越しているが」
「まあ。お上手ですね。我社の特級はお客様を身体的にだけ守るわけではないのですよ。ときに精神的に、ときに社会身分的をお守りしなければいけないので、わたしのような者にも需要があるのです。ところで……」
乙顔さんが後方に流し眼を送りつけてくる。
思わずドキッとしてしまう。耳まで熱い。
でも続く乙顔さんの言葉で背筋が凍りつく。
「つけられてますよ」




